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異世界勇者と女子高生の恋  作者: 中町 プー
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第8話

 校門を出ると辺りはオレンジ色のベールに包まれており、夕日の沈む方向に二人で歩き出す。


 夕焼けから、二人の影が通学路に伸びる。


 先輩とこうして帰るのは初めて会った時以来である。

 並んで歩いている先輩の顔を見るとふと考えてしまう。


 何故、先輩は私にこんなにも親切に接してくれるのだろう?


 それは初めて会った時も、今日ギターの練習をしていた時もずっと頭に浮かんでいた疑問だった。


 ただのお人よしには見えない。

 かといって下心があるようにも到底思えない。


 私は人の親切をなんの理由もなく享受できるような人間ではなかった。


 なにか裏があるのかと猜疑心をもって人と接してしまうのはどうにも悪い癖である。


「先輩はどうして私に親切にしてくれるのだろう?」


 考えはふと口から出てしまった。


「えッ?親切?」


「い、いえ!なんでもありません。忘れてください。なんでもありません!」


 私は何で口から思ったことが出たのかと酷く狼狽し、また手をワチャワチャとさせて誤魔化す。


「ああ、なんでだろう……なんでなのか………。多分、僕と少し似てると思ったからかな」


 しかし、先輩は感慨深そうに言葉を反芻しながらこちらに視線を合わせる。


「似てる。ですか………?」


「そう。部活に入った時の僕とね。僕は昔から特に勉強ができるとか、運動ができるとかそういった目立つ子供ではなかったんだけど、父からもらったギターはよく練習していたんだ。だから高校に入った時も僕より上手い子はそうそういないだろうと思っていた。


 だから入学当初は自信満々に軽音楽部に入部した。案の定、僕より上手い人はいなかったかな………まあ、結局うまく馴染めず、今にいたるけど。恥ずかしい話だね………」


 先輩は一度咳払いを挟むとまた言葉を探す。


「だからかな。初めて桜井さんが部室に入ってきたとき、僕と似たような顔をしていたから少し驚いたよ。まあ体験入部期間より早く来ちゃったところも僕と同じだったしね」


「えっと、私と同じように先輩もギターの腕を慢心していたんですか?」


「そうだね。自分以外の新入生はそんなに上手くないと思っていた。だから、変な優越感が邪魔して上手く馴染めなかったし、今もサブメンバーという形でバンドには属してるしね」


「え?あんなに上手いのにサブメンバーなんですか?おかしいです」


「まあ、それは僕の人間性も問題あるからかな」


 そう言うと先輩は少し寂しそうに力なく笑った。


「だから、桜井さんがバンドで揉めてるって話を聞いた時、少し心配になったのかもしれないね。自分と同じような失敗はしてほしくないから」


「失敗ですか…………。大丈夫です。次の練習の時には仲直りします」


「そっか、がんばれ」


 先輩がどんな失敗をしたのか私にはわからない。

 どんな失敗をしたのか聞くつもりも毛頭ない。


 でも、先輩が私にそうなってほしくないと願っているなら私は答えたいと思う。

 それが、後輩である私にできることだと思ったから。


 先輩は本当はどんな人かという疑問はもう消えていた。

 それは、この人がどんな人だろうと私の先輩であり、優しく、少し変わっていて、面倒見の良い、私の初恋の人であるから。


 それだけで私の中での飛騨先輩という人は十分であった。




 あの先輩との練習の日から三日後の放課後。

 バンド練習のため私は部室へと向かう。


 私が着く頃にはもう瞳も彩羽も自分の楽器をセットし、いつでも演奏を始められる状態になっていた。


「ごめん、ホームルームが長引いて遅れた。すぐ準備するから」


「いいよ。私たちのクラスが早かっただけだから。それじゃあはじめよっか」


 そう言うと彩羽は自分のドラムスティックを二回回し、リズムを奏でだした。


 瞳もベース弾き始める。

 やはり、こないだよりも上手くなっている。


 もう部内の他のベーシストよりも上手くなっているかもしれない。


 私はそれを見て不思議と前のように焦ったり、イラついたりしない。

 逆に幸せなことだと思っていた。

 こんな上手いベーシストと一緒にバンドを組めて、演奏できるのだから。


 私はギターのストラップを掛けなおすと、ドラムのカウントに合わせて曲に入る。


 ベースの骨太でうねるような重低音とドラムの心の芯に響くようなスネアの音。

 前の練習時とは違いみんなの楽器の音がよく聞こえる。


 また、自分の声も上手く調節出来ている。

 ギターのコードも間違えず、ちゃんとリズムもキープしている。

 瞳も特にこちらを悩まし気に見ることもなければ、彩羽もこちらに訝しげな視線を送ることはない。


 サビ前の休符からの復帰も息がピッタリと合っており、曲の終わりまで一度も止まることなく駆け抜けた。


「琥珀。よかったよ。ボーカルも安定してたし、ギターのミスも減ってた」


 瞳の笑顔を見て私はやっと一息つく。


「そうだね。よく出来てた。ごめん、私の方が少し間違えたよ。サビ前の休符、二人とも私に合わせてくれたでしょ?」


「彩羽はサビ前はベースに釣られちゃうから、瞳のベースに合わせようと思ってたの」


「えー。なんでよ。私のドラムを信用してよ………」


「いやいや、そしたら二人ともリズム狂っちゃうでしょ」


 私と彩羽が笑いながら言い合っていると、こないだの悪い雰囲気がまるで嘘のように部室には三人の姦しい笑い声が響いていた。


「でも、よかったよ。このままいけば、夏休みのオーディションもいけるかもね」


「「なに?そのオーディションて?」」


 私と瞳は目が点になりながら彩羽に問いかける。


「もう、二人は部室にあんまり顔出さないから知らないんでしょ。こないだ先輩たちが言ってたじゃん。秋の文化祭のオーディションを夏休みにするって。あんたら二人はすぐに家に帰っちゃうから………」


「いや、ほら私と琥珀は社交性皆無だから………。でも、そっか。オーディションあるならがんばろう!」


「そうだね。がんばろう!」


 初めてみんなでバンド活動をしている実感が湧く。


 一人で練習していた時よりもギターを弾くのが楽しい。リズム隊の音色に自分の色を足していくのは家で一人練習していては味わえない幸福だ。


 私は二人に感謝しながら、先輩のおかげだと考える。

 すると、すこし笑みがこぼれてくる。


「琥珀。どうしたの?なんか良いことでもあった?」


「ううん。なんでもないよ」


「どうしたの?男関係?聞かせてよ?」


 彩羽が小悪魔的な笑みで私に聞いてくる。


「なんでもないよ。ただバンドって結構楽しいなって。そう思っただけ」


「うん。楽しい。琥珀に誘ってもらえてよかったよ」


「私も瞳を誘ってよかった。あの時頑張って誘ってよかったよ」


 瞳の屈託のない笑みを見て、私も嬉しくなりつい顔がほころんでしまう。


「そこのレズレズ。もう練習も終わったし喫茶店でも行こう。」


「誰がレズレズよ。うん行こう」


 私たちは部室を後にし、また談笑する。

 廊下に女子三人の笑い声が木霊した。

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