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異世界勇者と女子高生の恋  作者: 中町 プー
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第5話

 僕がこちらの世界で眠っているとき、異世界で起きている。

 僕が異世界で眠っているとき、こちらの世界で起きている。


 もうこの現状に慣れている自分に嫌気が指す。


 分かっている。いま、ベッドで目を閉じれば、あちらで目を覚ます。

 僕の意思とは無関係に。


 僕が恐怖し、忌避感を抱こうと眠ると同時に起き上がるのだ。

 仮に眠ることを我慢しようと、一度眠ってしまえば同じことである。


 異世界での僕は、勇者として社交性に富み、堂々と町を闊歩する。

 こちらの世界での僕は陰鬱にして、人見知り、廊下の脇を通る。


 友達と呼べる人間も少なく、他人との距離間の測りかたなど未だに分かっていないのである。


 しかし、最近やけに饒舌に後輩に話しかけたり、絵も知れぬ自信がみなぎっている。

 そこに、なんら不信感を抱いていなかったが、よく考えればおかしい。


 僕は中学生までギターが友達と言ってもいいくらいの寂しい人間であった。

 そんな人間が、他人に囲まれた中で人に話かけたり、自信満々にバンド練習に参加したりと今までの僕では考えられない事柄が多々ある。


 今まで、バンドの練習もサポートとしてただ演奏し、終わると一言も発せず帰宅していた。

 暗くて地味な高校生だった。


 しかし、今は時にアグレッシブに人と関わりを持とうとし、簡単に他人との距離を詰める。そこになんの違和感もない。


 これでは、異世界の勇者のようである。


 乖離していると勝手に決め込んでいた精神は、いつのまにか混同し、こちらの世界にも影響し始めている。

 体に受けたダメージがこちらに影響するように。


 肉体的なつながりだけではなく、精神面にも同じくつながりができ始めているのか。


 では、もし異世界で僕の精神が狂ってしまったらと考えると、不安で胸が潰れてしまいそうになる。


 僕ははたして、このまま普通の人間として、いや勇者ではなく、飛騨 巧としての人格を保っていられるのかと。


 自分の意思を強く持てば良いのか?


 しかし、異世界での巧も自分であることに変わりはない。それが、仮初めの世界でもだ。

 いや、仮初めの世界であるのかどうかも定かではない。


 僕はいつ、この暮らしから解放されるのか。

 それは、異世界での死を意味するのか?


 僕は足りない頭でこの事象を考えることしかできない。こんなことを人に相談しようものなら気狂いの類かと思われてしまう。


 僕にはただ、昼夜問わずこの問題と向き合うことしかできない。




 結局、ボーカルは見つからず、私はギターボーカルとして3Pバンドをする事となった。


 初めての曲は男性ボーカルの曲で、学校のグラウンドから始まるPVがやけに頭に残っていた。


 そして、私をボーカルとした初練習は案外うまくいった。

 私を除いては。


 彩羽も元吹奏楽部ということもあり、ドラムのリズムもなんら崩れることなく、たまに演奏におかずを添えるような遊びができるくらいの、経験者として高いレベルの演奏者であった。


 しかし、それよりも驚くべきは瞳のベーシストとしての才能である。


 ベースをはじめて一週間前後で、ルート音を覚え、全くリズムの狂わないベースを披露した。


 私がギターを始めたころは、コードを抑えるだけで精一杯であり、リズムなんかヨレヨレで音程のとれた違う曲を演奏している気分であった。


 しかし、瞳は少しの練習で基礎をマスターし、いまでは音階もスムーズに弾きこなしている。


 今まで、ベースを触ったことのなかった女の子なのに。


 それに引き換え私は歌を意識するとギターのリズムがズレて、ギターを意識すると歌の音程がズレるという魔のループに陥っていた。


 だってしょうがない。歌いながらギターを弾くなんてことはやったことが無かったから。

 そんな言い訳が頭をよぎる。


 バンドの練習中、曲を止めるのが私だという状況に焦りと憤り、瞳に対する謎の羞恥心が生まれる。


 一緒に瞳のベースを購入しにいった頃は楽譜の読み方や、ピックでの弾き方を教えていたのに、この体たらくを瞳に見せ続けることが顔から火が出るほど恥ずかしく、なぜ出来ないのかと自分に苛立ちを覚える。


 教え子だと思っていた子に、自分の弱い部分を見られることがこれほど屈辱的なことだとは思わなかった。


 琥珀、曲が弾けるようになったよとか、新しい弾き方を覚えたよと彼女が私にその喜びを伝えてきていた時、確かに私にも嬉しい気持ちがあったが、それと同時に彼女の成長速度に焦燥感も抱いていた。


 私の数カ月の楽器経験がすぐさま瞳に抜かれる様をまざまざと見せつけられている。


 彼女に教えていながら、彼女の才能を認めたくなかった。

 それは私の才能のなさを認めるようなものだから。


 それはある意味で慢心であると頭では理解していても、どうにも心が揺さぶられる。


 練習中、リズムの間違いなどを瞳に指摘されると何故か苛立ってしまう。

 そうして、黙った私に気を遣う瞳の様子を見て、また自分に嫌気が指す。


 軽い気持ちでボーカルを始めたのは失敗だったのか。

 それを差し引いても、ギターのみに専念しようとすぐに瞳に技術面で抜かれてしまうのではないかと疑念が一度生まれれば、平常心を装えない私の脆い心はガラスのようにたちまちヒビが入り割れるだろう。


 また間違えた。

 リズムがズレた。

 また歌詞が飛んだ。

 コードを間違えた。

 リズムがズレた。

 分かっている、これが私の今の力量だ。分かっている。


 もう一度、楽譜を見直して、間違いを確認して…………。


「琥珀、サビ前のところズレてるよ」


「分かってる。じゃあ、もう一回そこからやろう」


 何回、何回曲を止めれば気が済むのか…………


 この曲は別に難しくない。私が下手なだけだ。分かっている。


「琥珀、間奏のところズレてない?」


「うん。分かってる。もう一回」


「琥珀。琥珀。ちょっと休む?もうずっと歌ってるから…………」


「分かってる。もう一回」


「琥珀」


「だから!分かってるから!」


「ごめん。しんどそうだったから」


「ううん。ごめん。大きな声だしてごめん」


 溜まりに溜まった思いが、堰き止めていた思いが一気にあふれ出して、決壊した気がした。

 羞恥心。苛立ち。自尊心。


 すべてが一気に膨れ上がって放出された。


 瞳は全く悪くない。悪いのは私だ。分かっている。

 しかし、我慢ならなかった。


 ピックを持つ手がカタカタと揺れる。

 大きい声を出したためか、そうさせた様々な感情が渦巻いて心臓の鼓動が早くなる。


 皆で楽しくバンドをするために始めたものを私が今、壊している。


 2,3日前まではみんなで楽しく談笑していたのに…………


 さっきまで楽器の音が響いていたのに、今では静まり返っている部室に誰も身じろぎ出来ない。


「ごめんね。琥珀。ごめん」


 とただ謝る彼女を、私は今どんな表情で見つめているのだろう。


 瞳の泣きそうな顔を見ていると、罪悪感と後悔で胸が押しつぶされそうになる。

 何か瞳に声をかけなければならない。


 しかし、なんと声をかければいいのか分からない。


 スゥと空気だけが口から出ていく。


 練習をさぼっていたのではない。

 ただの私の力量である。

 それを、棚に上げて瞳に怒鳴っている私のなんと愚かなことか。


 部室に私たちしかいなくて本当によかった。


 こんな現状を人様に見られれば、それこそ愚かな自分を丸裸に見られているようなものだ。


 こんな時にまで自分の自尊心を優先して考えている。

 それにまた嫌悪感は現れ、眉間にしわが寄る。


 冷静さを取り戻してくると、私は瞳が謝るのを制し、彩羽がこちらを心配そうに見つめていることに気づいた。


「今日は、ここまでにしようか。私、次に練習するバンド呼んでくるね」


 彩羽はため息をつくと、椅子を立ち、部室の外に出ていった。


「分かった。瞳ごめんね。今度までにはちゃんと練習してくるから」


「ごめんね。琥珀」


 彼女はただ謝り続ける。それは私にとって今一番、心に刺さるというのに。


「ううん。大丈夫だから。じゃあ、また」


 私はそう言い残すと、部室を逃げるように去った。


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