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異世界勇者と女子高生の恋  作者: 中町 プー
19/19

番外編 告白

 春の訪れを感じるのは、桜の花を校門で見かけたときだ。


 花びらの散るさまを風流だと見るのか、はたまたそれはごく自然的な出来事だと切り捨てるのか。


 私はおそらく今まで後者であった。


 そして、この人も桜に対して、もしくは始業式、卒業式などのイベントごとに対して感動するタイプの人間ではないだろう。


「先輩は中学校の卒業式とか泣きました?」


「いや。全く」


「なるほど。私もです」


「そういえば、また軽音楽部にも後輩が入ってくるね」


「…………そういう時期ですね」


 そうなのだ。


 先輩と出会って丸一年が過ぎたのだ。


 明日から、部活動体験入部の期間に入る。


 この間、入学したばかりだと感じていたが、もう一年が経ったのかと時間の流れの早さにため息が漏れる。


 先輩は腕をさすりながらも、何故か桜を眺めていた。


 何かを想い出しているのか、単なる気まぐれなのか。


 私は、そんな先輩の横顔を見て、もう一年かと時の早さと、経過した年月が自分の勇気のなさの表れであると後悔する。


 言えるタイミングはいくらでもあったはず。


 こうも先延ばしにして、今まで何をしてきたのか。


 彩羽にもせっ次かれては誤魔化して、また先送りにしてきた。


 告白とは、こうも難しいものなのだろうか。


 多分、今日も言えないだろうなと、私も先輩と揃って桜をぼんやり眺めていた。


 


 


 


 私と先輩は放課後、部室に集合した。


「また、僕とか桜井さんみたいに体験入部期間を間違えて、今日来ちゃう子もいるかもしれないし、部室に行かない?」と先輩に誘われ、今に至る。


 私は最近、部室に行くと自販機で買ってきた缶コーヒーを飲んで先輩と雑談する。


「やっぱり来ませんね。やっぱり私と先輩くらいだったんですよ。人の話を聞かずに部室に来ちゃう馬鹿な子は」


「…………そうなのかあ」


「先輩?」


 先輩はどこか上の空で、返答も適当だ。


「あ、そういえば。桜井さん、缶コーヒーとか飲むんだね。もっと甘いやつの方が好きなのかと思っていたよ」


「いやあ。なんか。こないだから、コーヒーにはまりまして。見かけるとつい買ってしまうんですよ」


「……………そうなんだ」


 やっぱり上の空である。


 私たち以外の部員はもちろん部室には来ない。


 新入生も来る気配がない。


 私たちはうす暗い部室で、蛍光灯の下、来ないだろう新入生を待っていた。


「ちょっと僕も飲み物買ってくるよ」


 そういうと、先輩は上着を着こんで、部室を出ていった。


 私は一人ぼっちで部室を眺めながら、あることを考えていた。


 それは、このあいだ部室に放置されていた缶コーヒーと眼帯の謎だ。あと、なぜあんな時間に私が部室にいたのかも気になる。


 私はうんうん唸って考える。


 眼帯に触れたとき、すごく切なくなって、耐え切れず泣いてしまった。


 何故だろうなあ。


 私は眼帯の紐をいじりながら、缶コーヒーを飲む。その眼帯には感謝と謝罪が書かれており。私宛であった。


 そして、この記憶が徐々に薄れてきている気がする。


 私は未だに頭に渦巻く謎について考えていた。


「桜井さん?どう?新入生きた?」


 考え事をしていた私に飛来する先輩の問い。


 私はゆっくり顔を上げると、先輩を見据えた。


「来てないですよ…………」


「あれ?どうかした?なんだか難しい顔して」


「いえ、なんでもありません」


 私と先輩はその後、五時まで新入生を待ったが、だれ一人、戸を叩く者はいなかった。


「来なさそうですし、帰りますか?」


「…………そうだね。帰ろうか」


「先輩?」


 なんだか、今日の先輩は一日中ぼんやりしていた。朝の登校時に会ったときも、今も。


 どうしたのだろう?


 先輩が変なことに悩むのはいつものことだけど、今日は何か違う気がする。


「いや。えーとなんでもないよ」


「いや、何かあるでしょ?なんですか?どうしました?」


「うーん。えーと。その」


「なんですか煮え切らない!どうしたんですか?」


 私がちょっとイラッとして問いかけると、先輩は観念したように私の目を改めて見つめてきた。


「あのー桜井さん。もしよかったらなんだけど。僕と付き合いませんか?僕は桜井さんが好きです」


「え?あの……………はい。喜んで」


 えらく溜めた割にはすんなり言ってこられて、一瞬狼狽してしまった。


 しかし、ちゃんと私からも好きだと伝えると、先輩は嬉しさからか少し泣いていた。


 こうして、私と先輩の長い一年は終わりを迎えた。


 これからは先輩と後輩ではなく、恋人になる。


 その後、聞いたところによると、今日は体験入部期間一日前ではなく、二日前で、練習をするために時間を抑えているバンドもいなかったそうだ。


 私はまんまと騙されていたようだが、先輩も告白するのにあれほど時間を要したのは誤算だったようだ。もっと早く告白する予定だったと照れていた。


 私と巧さんはそのまま、帰り際、校門の桜を見る。


 そこに、やはり感動はしなかったが、落ちてきた花びらを頭に付けて歩くこの人を心底愛おしいと感じた。


 


 


 


 


 


 魂の叫びが大きくになるにつれて、呪いの反射を感じる。


 あちらでの半分の魂は、あの子との関わりを解いたことで残り僅かになった。それも、勇者の解呪により、こちらに戻ってきた。


 私の見解どおり、私の半分の魂は元居た世界に帰ったわけである。


 こちらに戻り次第、精霊の大樹で魔力の補充を行うとすぐに王都に向かった。


 王は死に、次の王である、王子の戴冠式を見守った。


 次の王はそれほど悪くなく、これはもう同じ過ちも起きないだろうと感じたがしかし、危険性は多分にある。


 私はもはやなんの情も残っていない王宮に忍び込み、召喚に関する全書物、また召喚に使った魔法陣を消した。もちろん、飛騨 巧に関する書物も呪いの痕跡もすべて消し去った。

 これで、今後、召喚の呪いを使うものはいないだろう。


 そうして召喚の呪いを知る人間は私だけになり、私は二度の召喚魔法から、あちらとこちらを行き来できる存在になったわけである。


 しかし、もう勇者を助けたことで弱まった魂は修復不可能だ。


 残り僅かな命の火種。

 あと少しの命の火種を私は最後に、ある事に使うことにしたのだ。


 つながりは消えた。あちらに行ってもあの子はもう私を忘れているだろうが。


 


 


 


 目を覚ましたとき、高校の裏庭にいた。


 月明りが私の額を仄かに照らしている。


 ここは地球だ。


 間違いなく地球だ。


 なぜなら月が一つしかないからだ。


 今が何年何月何日かすら分からない。召喚を出来るようになっても、細やかな調整はむつかしい。私は自分が身に着けていた、眼帯を目印に飛んできたのだ。


 すこし、ずれて召喚されてしまったみたいだ。


 眼帯を回収しなければと私は焦って、部室に向かう。


 しかし、そこには、眼帯を握りしめて、小さい体を自ら抱きしめ泣き崩れる一人の少女がいた。


 もし、叶うならば、あの子を抱きしめてあげたい。


 私はここにいるよと抱きしめてあげたかった。


 でも、もう彼女は私を知らない。


 私は彼女にもう会うこともないだろうとその場をあとにした。


 知らぬ人間の泣き顔など、彼女もみたくはないだろうと。


 


 


 


 私はこの先長くない命を燃やし、一人で生きていくだろう。


 それは、しょうがないことだ。


 間接的にだが、私はあまりにも人間を殺しすぎた。


 勇者も同じ苦労を背負っていたが、彼はそもそも関係のない世界に巻き込まれただけである。


 彼がこの重荷を背負って生きていくのはあまりに酷な話だ。


 私は勇者の異世界に関する記憶を消した。


 後は、あの子と幸せになることを心から祈るばかりだ。


 私は誰とも接点を持たずに生きていこう。


 そう図らずとも、魂の薄い私に気をかける者もいないだろう。


 よほどの魔力を秘めた者なら私に気が付くかもしれないが、そんな人間はこの世界にはいない。


 私は最後にあの子との思いでの高校に向かおうと思った。

 その為に最後の魔法を行使したのだ。


 校門の前には桜蘭、零れ桜。言葉では表現しようのない綺麗な桜の景色が視界いっぱいに広がっていた。


 その、桜の下に二人の人間がいた。


 その二人は談笑しながら、その桜の花びらの絨毯を歩いてくる。


 私はすれ違いざま、男の子の方に魔法をかけた。


 これで、ピックを見ても、彼はあちらの世界のことを思い出しはしないだろう。

 あの子の私に対する記憶も薄れて消えるだろう。

 これで全ての繋がりは絶たれたのだ。


 その時、ちらりと見えた女の子の方は幸せそうに男の子に話しかけている。


 不意にその子が巧さんと男の子の名を呼んだ。


 女の子は男の子の頭に付いた花びらを取ってあげていた。


 そして、二人してにっこりとこの満開の桜のように笑うのだ。


 ああ、よかった。


 ちゃんと言えたんだね。琥珀。


 ああ、本当によかった。


 二人に幸多からんことを。


 私は心からそう思い、その場を後にした。


 


 

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