最終話
あれから一カ月がたった。
もう十二月ということもあり、クリスマスが近いからか町は賑わいを見せていた。
街の商店街の電飾が眩しく、華やかムードが漂ってきた。そして、仲の良さそうな親子がポスターの中から私に笑いかける。
息が白くなり、スカートの裾から入る風が冷たい。
私は気が滅入るような寒さのなか、今日の予定をそらんじる。
今日は五十嵐先輩とのバンド練習が放課後に控えている。
いつもと変わらぬ日常である。
最近になり、変な感情に振り回されていたが、一度忘れようと思えば、それもあまり気にならなくなった。
不意に切なくなったり息苦しさを覚えたり、歌が歌えなくなったり、泣きそうになることもある程度、行動を制限すれば起きなくなったからだ。
あのオムライス屋に近寄らない。
オリジナル曲を歌わない。
恋話に関わらない。
簡単なことばかりだ。
私にとっての日常がそれで保たれるなら、忘れてもいい事柄だ。
しかし、瞳の言葉が何度も頭をよぎる。
「忘れてもいいの?」
と何度も自問自答する。
何度も出てくる、あの人に翻弄される。
もう、そこまで貴方が出てきているのに分からない。
だが、どういった人であったかは思い出される。
記憶にないのだから、それは一度もあったことのない人だ。
しかし、分かる。
その人の人柄だとか、どういう話し方の人か。
でも、顔も名前も声も思い出せない。
ならば、いないのと同じだ。
そう、いない人を考えるなんてどうかしている。
これは、単なる妄想だ。
「あ、琥珀ちゃん。どう?今日この後、大丈夫?」
練習が終わると五十嵐先輩に声をかけられた。
それは、練習が始まる前から、メールで今日の放課後誘われていたからだ。
「あ、映画館ですよね?大丈夫ですよ」
私はとにかく自分の日常を取り戻したかった。
五十嵐先輩はオムライス屋に行く件をもう忘れているのか、その件について聞いてくることもなかった。
それは、素直にありがたかったのだが、変な罪悪感が残っており、私は今日の映画館も断るに断れなかった。
五十嵐先輩が選んだ映画は最近、流行りの中高生に人気のラブロマンスものだ。
映画を見終わって、どこかに食事に行くには中途半端な時間であったため、私達はそのまま私の家の近所の公園に来た。
その公園は自宅の裏手にある公園で、小山の頂上にある。
その公園からは町を一望できるのだ。
辺りは夕焼けに照らされ、哀愁漂う夕日が町を覆っている。夕方の落ち着いた町の情景はいつもよりも美しく、人を感情的にさせる。
しかし、私は別にそんな町の風景を見たいとは思わなかった。
今、景色を見ても、自分のこの変な感情について深く考えてしまうだけだからだ。
それを綺麗だと感じられない。
結局、私は五十嵐先輩の「送っていくよ」という言葉を断れなかったのだ。
私は先ほどから、だれに言い訳しているのだろう。
私は私が分からない。
「公園だとやっぱり寒いね。カラオケとかの方がよかった?」
「いえ、たまにはこういう普段来ないところに来るのも楽しいので。五十嵐先輩も寒い中、送っていただいてありがとうございます」
私と先輩は二つあるブランコに座った。
私は自分のかじかんだ手の平を見る。
赤く腫れていて、それは何かを連想させる。
あれは、果たしてなんの噛み痕だったのか…………。
「そっか。たまにはいいかもね。そういえば、琥珀ちゃんももうウチのバンドには慣れた?九十九とかは結構、間違えたらがっつり注意してくるでしょ?怖くない?」
「ああ、大丈夫ですよ。慣れました。皆さん優しいですし。それに、九十九先輩の注意はちゃんと的を得たものなので、嬉しいです」
「そっか。それ、九十九に言ったらきっと喜ぶよ。あいつ、あれで照れ屋だしね」
「そうなんですね。じゃあ、今度言ってみます」
「琥珀ちゃん、いじわるだね」
夕日が落ちるにつれてのびるブランコの影がなくなった。
公園で二人して話しているうちに、夕日が沈み、あたりは黒一色に塗りつぶされていた。
流石に寒くなって、吹きすさぶ風に身じろぎする。
先ほどまで町を暖かな夕日が包んでおり、子供の声や、車の排気音、学校のチャイムと町の喧騒が入り交じり聞こえていたが、今ではしじまに消えてしまった。
私はそろそろ、帰ろうかと先輩に促そうと目を合わせる。
「琥珀ちゃん。そういえば、言ってないことがあったんだ」
「えっと。はい。なんですか?」
「あのさ…………。バンド内でこんなこと言われたら困るかもしれないけど。えっと…………俺、琥珀ちゃんが好きなんだ。付き合わない?」
「…………」
一瞬、五十嵐先輩が何を言っているのかわからなかった。
これは、いわゆる告白というやつだ。
素直に嬉しい気持ちがあふれてくるものの、何故か答えは決まっていた。
そして、その答えが頭の中で浮かんだと同時に結局、私はまたあの人のことを考えている。
五十嵐先輩は頬を赤らめてこちらの返事を待っている。
それは、寒さのせいではないことは一目瞭然である。
そんな五十嵐先輩を見ながらも私は未だ、答えを言えない。
いま、何かを言えば、きっとこらえきれないだろう。
この切なさのなんたるや。
私はただ立ち尽くし、彼を見る。
自分の意味の分からない情動に五十嵐先輩を傷つけようとしている。
彼の誠意ある告白に泥を塗ろうとしている。
しかし、答えられない。
なんで、こうも胸が苦しく、切ないのか。
いや、これは違う。
ただただ認めたくなかっただけなのかもしれない。
ああ、そうか。
私はこの答えに対して何ら疑問をもっておらず、この答えに至った自分はおかしいのに正当化しようとしているのだ。
結局、私はその誰かも分からぬ人間に恋をしている。
そんなおかしな事柄を受け入れられないでいただけなのかもしれない。
私は愛おしいのだ。
だから、待っているのだ。
そう、彼を待っているのだ。
「すいません。私、他に好きな人がいるんです。なので、五十嵐先輩の申し出は受けられません」
五十嵐先輩はただ「そっか」とポツリと言葉を残し、その場から去っていった。
私は五十嵐先輩の背中を目で追うことはなかった。
公園からの帰り道は通学路と重なる。
私はなぜか家に帰るのが嫌になり、通学路をなぞる。
この道はよく、朝寝坊した時に走っている道なので、夜に散歩していると感慨深いものがある。
でも、それは私がいつも朝、一人で歩いていた記憶だけではない。
それは、優しい声音で、弱気な笑い方。
私の他愛ない話にも、親身になって応えてくれる人。
一度、意識すればどんどん溢れてくる。
私はきっとあの人が好きなんだ。
だから、今まで何にも感動出来ないでいたのか。
でも、気づいてしまえば、胸が熱く、締め付けられて、涙があふれてくる。
だって、愛おしい気持ちが今、爛々と輝いている。
私の眼前にきらめく町の輝きは、ただの光の集合体ではない。私が見たいものはそんなものではない。そんなものに心惹かれているわけではない。
今、この気持ちが備わって初めて、景色は魅力的に写りだし、私の気持ちにこそ私は揺さぶられているんだ。
私は、知らない貴方に初めて恋をしたのだ。
駅のホームに着くと、人の波を見る。
私が見送った貴方の背中は決して大きくない。
かといって小さく縮こまっていたわけでもない。
それは、何かを背負っている強い意志を感じる背中。
貴方の男らしさを初めて感じた瞬間だ。
でも、今はいない。
私は初めて感じたこの激動に打ち震えながらも、寂しく泣くしかない。
貴方のことを考えれば、記憶の断片が次々に溢れてくるのに。
次々に写りこむ貴方との記憶を垣間見ているのに。
私は堪え切れず流れる涙を右手で拭うと、学校に向かった。
多分、その人は私の先輩だった人だ。
それは、直感であり、記憶の断片に従って考えだされた結果だ。
私は今、学校に向かわなければいけないという謎の感情に従う。
彼の痕跡を追って、自分のこの気持ちを少しでも落ち着けたいのだ。
学校に着くと、部室に向かった。
今がちょうど夜の七時頃ということもあり、もう最後のバンドも帰っていないとおかしい時間である。
しかしながらドア越しに覗いた部室には、明かりがついていた。
私はゆっくり部室のドアを開いた。
「あ、琥珀。どうしたの?」
そこには、何故か瞳がいた。
瞳は部室の椅子に座りながら、なにやら服の裾を正している。
「あれ、瞳。なんでいるの?今日はバンド練習ないでしょ?」
「ああ、そうだね。でも、ちょっと用事があったから…………琥珀はどうしたの?」
「ちょっと、部室を見に来ただけだよ」
用事って何だろう。
こんな月をも凍りそうな真冬の夜の部室に用事のある変人なんて私一人で十分である。
少し訝しげに瞳を見てしまう。
「あ、そういえば。今日、五十嵐先輩との練習どうだった?」
「え、練習?別に普通だよ。なんで?」
「うん。五十嵐先輩が声をかけるなら今日でしょ?ほら?オムライス屋に行く返事まだ言ってなかったでしょ?」
「そうだね……………まあ、その件はなくなったよ」
「あらま……………。何かあった?」
瞳はこういうところが鋭い。
私が何かに悩んでいたらすぐに言い当てる。
彼女のそういった性格は好きな部分であり、苦手な部分でもある。
「まあ、あったっていったらあったね」
私は言い淀んでしまう。
「うーん。別に言いたくなければ言わなくてもいいよ。なんだか、難しそうだし」
瞳は座りながら、足元にあった缶コーヒーを飲み、こちらを一瞥する。
「まあ、端的に言えば、告白されて、断ったの」
「そっか……………。なぜ?他に好きな人でもできた?」
「うん」
瞳は「そっか」とつぶやくと、眼帯の紐をいじりながら、私と目を合わせる。
「瞳、私、最近変なんだ。会ったこともない人の事ばかり考えてる。その人のことを考えると、心が痛んで辛いんだ。それで…………それで」
「琥珀はその人のことが好きなの?会ったこともないのに?変じゃない?なんで?」
「変かな……………。うん。変だね。でも、気づいたから。気づいてしまったから」
「変だよ。おかしいよ。意味が分からない!」
急に瞳の声が大きくなり、驚く。
瞳は「ごめん。大声だして」と一旦落ち着く。
でも、何故なんだろう。
私は会ったこともない人に対して、なぜこうも気持ちが揺さぶられるのか。それは、私が一番分からない。
「なんでなんだろう……………。分からないの。なんでか分からないのに…………。何をしていてもその人のことを考えてしまう。そんな人いないのに…………なんでだが分からないのに……………。なんで…………」
本当に分からない。
でも、今、私が流している涙は本物だ。
今、私が愛おしいと思っている人はその人だ。
私が、楽器店で孤独を感じたのも、喫茶店で意味もなくデカいパフェを頼むのも、オムライス屋さんに行きたいのもその人だ。
私はその人に会いたい。
私はその人が好きだ。
「分からないけど…………ごめん。分からないけど、多分好きなんだ。その人のこと」
私は止まらない涙と嗚咽の中、それだけをはっきり伝える。
なんで、部室の中、友達の前でこんなに号泣しているのか分からないが、感情が理性を上回った。
「なんて顔してるの?ぐちゃぐちゃになって」
瞳は椅子から立ち上がると、私の頭をなでて、そのまま抱きしめた。
瞳は小柄ながら、すごく暖かく、私は赤子が母に抱かれるように瞳に抱きついた。
瞳は何も言わず、ただ私を包み込み、私の頭をなでる。
私が落ち着きを取り戻すと、瞳は居直ってこちらを見る。
その顔は何か吹っ切れたような顔で、そして見ているこちらが不安になるような憂いに満ちた表情であった。
「やっぱり。やっぱり私には無理だ。親友が。琥珀がこんなに辛そうにしているのに、それを見て見ぬふりなんて出来ないよ。ああ、本当に私は馬鹿だ」
瞳の目から大粒の涙がぽろぽろ流れる。
そのくりくりとした小動物のような双眸から流れ出る大粒の涙は何か諦観のあらわれなのか。
彼女が何故、こんなにも綺麗な涙を流しているのか分からない。
彼女がこんなにも感情的になるのは初めてだ。
でも、私は彼女の言葉をちゃんと最後まで聞かなければならないと感じた。
「琥珀。ねえ。琥珀。その人のこと好き?」
「うん。好きだよ」
「そっか。私はね。その人なんかよりも、琥珀のことが一番大事なの。でも、琥珀が悲しんでいるのを見るのはつらいから」
「え?どういうこと?瞳は知っているの?」
「知っているよ。ちゃんと、私がすべてを解いた。約束通りに。でも、そのせいでこんな体にされたよ。まさか、半分の魂を留めるのに同じく体の半分も持っていかれるとは思わなかった。片目も駄目になった」
「何を言っているの?瞳。」
「ぎりぎり、間に合ったの。本当にぎりぎりあちらの世界に繋ぎ止めてある魂。でも、そこから戻すのに時間がかかった。何とか繋ぎ止めてある魂を後はこちらに戻すだけ……でも、その為にはこちらでの私が消えてしまうから悔いが生まれた……」
「だから!なんのこと?なんの話!?」
「こういうこと」
瞳が眼帯を外すと、そこには何もなかった。
ただの、虚空であった。
目がないのだ。
眼窩の形がそのまま浮き彫りになっており、何もないことが分かる。
とすると、その瞬間、瞳の姿がぶれた。
瞳の体が何故か透けて見える。
足が透けて、部室の床が見えだす。
焦りから、私は瞳に向かって叫んでしまった。
瞳は何故か、諦めたような顔でそのくせ目は優し気にこちらを見る。
「瞳?なんでかな。瞳の体が消えてくように見える。変だよね?おかしいよね?」
「おかしくないよ。もう消えるんだよ。あ、そうだ。ごめんね。琥珀。バンド、抜けるよ。琥珀は頑張って続けてね」
「え?…………なんでそんな別れの言葉みたいなこと言うの!?いつも、涼しい顔しときながら、なんでそんな泣きながら…………。ねえ。なんなの!?おかしいよ!」
「ごめんね。一つ、最後に解かなきゃいけない呪いがあるの。それは召喚の呪い。それは、術者が半分の魂をこちらに呼ぶ呪い。解呪には、同じ効力を術者に跳ね返す必要がある。私はもうこちらにはいれないということ。じゃあ、そういうことだから。ばいばい。琥珀」
彼女は冷静に努めて、最後の言葉を締めくくる。
「待って!!」
私は瞳の手をつかんだ。
その際、勢いよく翻った服の裾から覗くのはおびただしい傷。それは、切り傷の後のような赤い線が幾重にも連なっている。
私はなんで瞳の体がこんなことになっているのか分からなかった。
彼女は何をこんなになるまで背負ってきたのか。
なんでなにも言ってくれなかったの。
目のことも。傷のことも。
なんで…………。
でも、それに気づけなかった自分に一番苛立ちを覚える。
私は彼女の親友なのに。
「琥珀。離して」
「駄目。離さない」
「気が変わっちゃう。戻りたくなくなっちゃう」
「ここにいればいい」
「貴方が彼を忘れたなら、私はこちらにいるつもりだった。でも、駄目だよ。いつだって琥珀を動かすのはあの人なんだから」
「駄目じゃないよ。いいから。そんな事いいから。ここにいてよ!」
「駄目だよ。私は貴方の涙をこれ以上、見ていられない。私がここに残って、あの人が消えたら、琥珀は一生苦しむ。そんな姿、見たくないんだよ。分かってよ!」
瞳のそんな大きな声は初めて聞いた。
耳を劈くその声に私は思わず、手を離してしまう。
「あ………」
瞳の手が消える。
「なんで?なんで?なんで!?意味が分からない!!
瞳はもう私とバンドしたくないの?一緒に買い物とか…………他にも色々…………。瞳、消えないでよ。お願いだから、一緒にいてよ」
「琥珀ともっと居たいけど、もう十分だよ。十分楽しんだよ。バンドを組んで、文化祭で演奏して、いろんなとこ遊びに行って。もう十分だよ。これからはあの人に連れて行ってもらいなさい」
「満足してる人はそんな泣き顔で別れを言わないんだよ!!!嘘言わないでよ。なんで…………」
「馬鹿だね。琥珀。これは、十分楽しんだっていう幸せの涙なんだよ。じゃあね。バイバイ。またいつ…………か………」
「待って行かないで。瞳!」
私はすかさず、瞳に手を伸ばした、しかし、その手は空を切った。
何が起こったのか分からない。
私は放心状態のまま、部室の真ん中で突っ立っていた。
部室の蛍光灯が部屋を照らす中、私は自分が何故、こんな夜に部室にいるのか考えていた。
足元には何故か飲みかけの缶コーヒーが転がっている。誰かがさっきまで飲んでいたのか中身が床にこぼれていた。
私はなぜ、自分がこんな時間にここにいるのか分からない。
その缶コーヒーを拾うと、椅子の上に眼帯が置いてあるのが目に付いた。誰のだろう?
軽音楽部に眼帯をしている子なんていない。
私は何故かその眼帯をおもむろに拾い上げた。
その眼帯には小さく文字が書かれていた。
「ごめんね。琥珀。今までありがとう」
その文字を見た瞬間、何故か視界が歪んで、涙があふれた。
意味が分からない。
なのに、何故か切なくなって、胸が締められるようで、涙が止まらない。
ポタポタと垂れる涙を右手で拭う。
すると、何故か右手に温かさを感じる。
何故?
部室には今、私しかいない。
何故?
その右手は暖かくて、それこそ、体の芯から暖かくなって、幸せな気持ちが体を包んだ。
私は、「うん。こちらこそ、ありがとう」とつぶやいていた。
飛騨先輩とのオムライス屋に行く予定は今日の放課後だ。
私は急いで、校門に向かう。
「あ、琥珀。じゃ、行こうか」
「はい!」
飛騨先輩は私の一つ上の先輩であり、一緒にバンドを組んでいる。
私と彩羽と先輩からなるバンドだ。
今まで、ベースの枠が空いていたから、誰か入れようかという話もあったが、私と先輩が何故かそれを拒んで、最終的には私がベースボーカルをする形で落ち着いた。
「なんで、ベースなのに、弦が7弦もあるの?使わないでしょ?」
「何でよ?かっこいいでしょ。後、猫ちゃんが鍵盤にプリントしてあるの。可愛いでしょ?」
「バカなんじゃないの?」
「おい。彩羽。人の彼女を馬鹿呼ばわりか」
飛騨先輩と私は付き合っている。
彩羽はバンド内でラブラブするなと苦言を呈すが、好きなものはしょうがない。
大体、最後は彩羽が彼氏欲しい!と嘆いて、この話は終わる。
「なんですか?その夢。変な夢ですね」
「そうだよね?変な夢だったんだ。僕が何故か勇者だったんだよ。でも、その夢の中で死にかけたとき、琥珀の声が聞こえて、目が覚めちゃったんだよね」
「ああ…………愛の力ですよ」
「そんな、適当に言わなくても…………。あ。後、このピックがこないだポケットから出てきたけど、琥珀のじゃない?そういえば、夢の中でもそのピックから琥珀の声が聞こえてきたんだ。はい、愛のピックを返すよ」
「ああ、はいはい。…………。え!?なんで…………」
「どうしたの?え、何?どうしたの!?」
私はそのピックに触れたとき、涙がでた。
私が急に泣き出すもんだから、彼は焦ってハンカチをカバンから出す。
私はそれを受け取り、切ない気持ちと同時に、春の陽気にさらされた様な暖かさを感じる。
それは、彼女の魂に触れたから。
それは、いつかのバンドメンバー。
それは、いつかの親友。
誰かは分からないけれど、私の高校で初めての親友。
私は手のひらが暖かくなるのを感じた。
そのピックを握ると、心が暖かくて、幸せを感じる。
ありがとう。
さようなら。
また、いつかどこかで。
終
一応、本編はこれで終わりです。
後は番外編が少しあるので、それは近日中に公開します。