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異世界勇者と女子高生の恋  作者: 中町 プー
16/19

第16話

 先輩と一緒に喫茶店に行ったあの日から、先輩と会っていない。


 不意に会いたいという思いが心をよぎれば、ずっと先輩のことを考えてしまう。


 今までなら、こんなフウに悩むこともなかった。


 しかし、今は連絡先を知っていることから、いつでも連絡がとれる。


 選択肢が増えたことで悩むなら、聞かなければよかったと無駄に後悔する。


 しかし、先輩に電話をしてみたかったというのも本音である。


 携帯を手に取ると、アドレスで飛騨先輩にカーソルを持っていく。


 しかし、どうにも緊張してコールボタンが押せない。


 今夜、こうして行動に移しているのにも理由がある。

 それは最近、飛騨先輩と会えていないことについて瞳に相談したら、電話でもしてみたら?できないの?と揶揄われたことに起因する。

 多少むきになっている部分もある。


 最近になって瞳はようやく私に素を見せ始めた。


 始めは、お嬢様っぽくなんにでも弱気で、自主性のない女子だという印象があったが、今はそんな印象はなく、冷たくさばさばとしているくせに、私のくだらない悩みにも付き合ってくれる良き友達になった。


 さて…………。


 腹は決まった。


 私はソッとコールボタンを押した。


 プルルルル。


 コール音が聞こえるが、3コール過ぎても先輩は出ない。


 留守番電話につながれば、こんな夜更けに申し訳ないという謝罪の留守録を残そうと思いコールを待つ。


 時計はもう11時を指している。もう寝ちゃったかな?と諦めようとしたとき、コール音が止んだ。


 電話は先輩につながった。










 これは夢なのか?


 はたまた、走馬燈なのか?


 電子音が止んだと思えば、桜井さんの声が聞こえる。


 視界は暗く、何も見えない。


 でも声は聞こえる。


 聞かせてほしい、君の声を。







「えっと………。もしもし?飛騨先輩ですか?」


「………ああ。桜井さん?」


 おっと。もうつながらないと思っていたから心の準備ができていない。


 何か話題を振らないと……。


「えっと、先輩。今、お暇ですか?」


「………ああ。大……丈夫だよ」


「あの……。文化祭の件なんですけど。オリジナル曲をやる予定だと先日話していたじゃないですか?」


「ああ……そうだね。ああ………桜井さんのオリジナルの曲聞きたかったな…………」


「え?いえ、その曲のことでご相談がありまして」


 先輩は眠いのか、いまいち反応が悪い。


 しかし、携帯から先輩の声が聞こえるということが何やら新鮮で、緊張してしまう。


 私はなんとか逸る気持ちを抑えて、平静を保ちつつ会話を続ける。


「あの……それで、オリジナル曲の間奏の部分。所謂、ギターソロの部分で悩んでまして。どうしようかと。コードはEからの派生で、また詳しいコード進行は会った時、話しますんで、先輩、一緒に考えてくれませんか?」


「今度か………いいよ」


「あ、あと。その練習の後で……こないだ言ってたオムライス屋さんも行きませんか?」


「………ああ。行きたいね。オムライス屋さん。ああ。行きたいね……」


 なんだか、様子がおかしい。


 たどたどしい話しかたに、声がどんどん小さくなっていく。


「先輩?大丈夫ですか?」


「……ねえ。桜井さんの。………オリジナル曲聞きたいな」


「ええ!?今ですか?先輩、この前のギター練習の時も普通に歌いましたが、一対一で歌うのは恥ずかしいんですよ?」


「………聞きたいな。歌って」


 それは、揶揄ったりするふざけた口調ではなかった。真剣で真摯な願いに聞こえた。


「先輩、眠そうですね?」


「………そうだね。たまらなく眠い。だから、早く」


「……もう。分かりましたよ。カラ弾きですよ?アンプにつながず、コード弾きながらですよ?」


「………ああ」


 先輩の様子がおかしいが、それは今に始まったことではない。この人はなんだかんだいつもおかしいじゃないかと自分の中で納得し、ギターを持ち、イントロを弾き始める。


 なんだか、恥ずかしい。


 電話越しに、先輩の声が聞こえる。


 いい出だしだね。


 良い曲だね。


 私は褒められて、調子に乗り、歌いだす。


 この曲はミディアムテンポで、軽く歌える。ものすごくキーの高い部分もなく歌いやすいが、ところどころアドナインスやら、ジャズコードが入り、飽きない構成にはしてある。


 いつもより、抑え目で携帯の向こうの先輩に向けて歌う。


 これは、一種の告白のようで少し心がむず痒くなる。


 曲ははじめのサビに差し掛かると、終盤へと向かっていく。








 歌が聞こえる。


 桜井さんの歌。


 彼女が考えた歌詞に、メロディー。


 ちょっと間違えたときに、誤魔化す癖も彼女らしく愛おしい。


 歌は綺麗にコードに乗り、僕の鼓膜を震わす。


 歌が頭に響いて、体中を駆け巡り胸が熱くなる。


 ここがどこか分からない。


 ああ、分からない。


 でも、こんなにいい曲は知らない。


 ならば、ここがどこかなんて些細な事だ。


 こんなに良い曲が聴けるなんて、ここは最高の場所だ。


 聴き入ってしまう。


 今までの嫌なことがすべて流れだして、彼女の極上の魂から作られた旋律は僕を浄化するようだ。


 ああ、もう終わる。


 この時間が終わる。


 最後の時間にはよかった。


 もう満足だ。


 最高に幸せだったよ。


 ありがとう。


「ありがとう。桜井さん。最高の演奏だったよ」










 電話は切れた。


 最後に先輩の声が聞こえて、その後ツーツーツーと電話の切れた音が耳に入った。


 私は歌い切ったあとで、動機が激しく、何も考えられない。


 でも、先輩の最後の「ありがとう」という言葉がずっと頭で反響している。


 ああ、やはり私は先輩が好きだ。


 先輩に今度会ったときにちゃんと言おう。


 先輩はどんな顔をするだろう。


 実際に先輩とこの曲を作ったらどんなに楽しいだろう。


 色々な感情が駆け巡る。


 でも、それはすべて貴方に向ける言葉に収束される。


 早く、会いたいな。


 先輩に会いたい。


 私は電話の切れた携帯に向かって小さく「おやすみ、先輩」と言うと携帯を閉じた。










 その日、先輩はこの世界から居なくなった。

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