第15話
解呪が叶った数日後の夜。
「勇者様、王がお呼びです」
そう言うと、侍女は僕の部屋のドアの前から去っていった。
異世界に着いて早々、王からの呼び出しとは珍しい。もしや、勘付いたのか?と不安になりながらも呼ばれたとおり謁見の間へと向かう。
ドアを開けると、王の前には王女と宰相、大臣、大司教、そして彼の前には十人の子供が並んでいた。
この場には似つかわしくない、僕の見覚えのない子供達が。
王女の顔はベールに包まれよく見えないが、他の大人は皆、醜く肥えており十人の子供たちはより一層痩せてみえる。
子供たちはガリガリにやせ細り、その体には鞭で打たれた痕が残っている。またところどころ腫れあがり、血のにじんだ服を着ている。
この目も当てられない状況に王族の人間たちはゲラゲラとその下卑た顔を歪めて笑い合う。
皆、王に媚びへつらっているのだろう。
吐き気すら感じつつも、王の前へと向かう。
「ああ、勇者様。よくぞおいでなさました。見てお分かりの通り、こちらの子供たちは悪魔の子供たちです。この中に見知った顔はおられますか?」
なんの質問だ?
意味が分からない。
僕が考え込んでいると、王は話を続ける。
「いえ、こちらの大司教が神託を得て、私にその教えをご教授くださいましたところ、なんでも勇者様は魔力を持たない子供に誑かされており、このままでは国に災厄を招くとのことでしたので……。
この国では魔力を一切待たぬ子どもは悪魔の子供と言うのですよ。そうして神の思し召しの通り。
国中の悪魔の子供を集めて、厳粛に悪魔祓いを行いました。しかし、この十人は勇者様と自分が知り合いだというのです。ですので、お忙しい、勇者様をこの諸葛の間にお呼びいたしました次第でございます。誠に申し訳ございません」
ばれている………。
この男は僕の呪いが解かれていることを分かっている。
召喚士の女の言う通りではないか。
それに、なんて言った………?
悪魔祓い?いや、それより僕と知り合いだと?
いや、こんな子供たちは知らない。会ったことすらないだろう。
では、なぜそんなことを言ったのか?
僕は子供たちに視線を向ける。
明らかに怯えた様子の子供たちはその落ち窪んだ目で僕を見る。
ああ、分かっているんだ。現実から逃げているだけだ。
ただ、その最悪の結果を聞きたくないだけだ。
「その悪魔祓いと言うのは?」
「ええ、悪魔祓いとは、悪魔を落とし、穢れのない体に生まれ変わるのです。一度、悪魔が憑いてしまえば、もう清い体には戻れない。その魂は一度、神の御許へと帰ると次には清い魂で生まれ変わるのですよ。つまり………」
「もういいです。わかりました」
こいつはもう駄目だ。
分かっているくせに逃げたくて聞いたのか。まだ、一縷の望みでも抱いていたのか。
この十人の子供たちは僕のことなど知らない。
しかし、そうでも言わなくては殺されることを分かっているのだ。
それを分かった上で、王はこの十人を見せしめに僕の前に出してきた。
しかし、こんな鬼畜の所業が何故まかり通っているのか。
僕の呪いを解呪したのが、それらの子供だと本気で思っているわけではあるまい。
ならば、新しい呪いへの布石か、僕を縛るために子供を虐殺するのが必要だったのか。
僕は王の周りの人間に目をやる。
ああ、分かっていたことじゃないか。
こいつらはもう駄目なのだ。
皆、この王の傀儡だ。分かっていたのに………。
やはり、駄目そうだ。
どうにも僕にはこの衝動を止められない。
こいつは生かしてはおけない。
それは、解呪の時から思っていたことじゃないか。
この男は駄目だ。
すまない、召喚士の女。
いや、辻井瞳。
「それで、勇者様、御存知ですかな?この悪魔の子供たちを。」
「ああ、よく知っている。これは、僕の弱さが招いた結果だ」
僕は言い終えると、その地を蹴り、王に肉薄する。
その地を踏みしめ、一気に腰の剣を振りぬいた。
剣が空を切る。
王女が王をかばうように王の服をつかみ手繰りよせると、すんでのところで僕の一撃を躱した。
王は何が起こったのか分からないのか、目を丸くさせ口はパクパクと開閉動作を繰り返している。
宰相や、大臣は半狂乱で兵を呼び、大司教は何やら天を仰いでいる。
子供たちは何が起こったのか理解はしていないが、この騒動に紛れて蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。
賢明な判断である。
僕は剣を一層強く握り締めると、王女を睨みつける。
王女が次の行動に移す前に、僕は先に仕掛ける。
「耳障りだ。お前らは先に逝け」
宰相の体に肩を当て、懐に潜り込むと一気に腰から袈裟斬りに持っていく。
宰相の体には蛇が這ったように血の道が走り、その場で絶命する。
宰相が体を傾け倒れるよりも早く、大臣の頭に剣が生える。
その後、大司教の背中から頭まで縦一文字に切りこむ。
瞬きするより早く、三人の男の命を散らした。
そして、また王女を見据える。
王を傍らに寄せる際にベールがめくれその素顔が露わになった。
「どういうことだ?辻井瞳。お前………」
王女の顔は召喚士の女、その人であった。
「おい!フェーリス!勇者を八つ裂きにしろ!」
怒号が飛ぶ。
王は正気に戻ると、つばを口の端に溜めながらも王女に叫び続ける。奴を殺せ。私に狼藉を働いたこやつを殺せと。
「私はフェーリス。これでも王女なんですよ。まあ、お飾りの第三王女ですが」
「そんなことはどうでもいい。なんでだ?なんで裏切った」
「父を守るのは娘の仕事ですよ。愚かな勇者よ」
彼女は無表情のまま、口だけは三日月のように形を変え微笑んだ。
「何を話している?早くやれ!」
「父君、私の力では勇者を倒すことは叶いません。貴方を守ることくらいしか出来ないわけです」
「くそ!この役立たずが!」
王は喚きながら、王女の頬を平手打ちにする。
王女の小さき顔は王の手の動きに合わせて薙ぎ払われ、体ごと宙を舞う。
僕は唖然としてその光景を目の当たりにする。
自分を守ってくれた娘を張り倒すのか。
理解できない。
王女は地に伏せる。
しかし、すぐさま立ち上がり、顔を上げる。
「………申し訳ございません。しかし、王ならばご自分でどうにかできるのではないですか?」
王女は平静を装いながらも、王に進言する。
「ふん。知っていたのか?
そうだ!勇者よ!お前には我が殺せぬ。お前にはつながりの呪いをかけてある。お前が我を殺せば、お前自身も死ぬぞ?さきほどは我を殺さなくよかったな!さて、どうする!?」
僕は王女を見る。
王女はその通りだと首肯して見せた。
これは、どっちだ?
本当に辻井瞳は俺を裏切ったのか……。それとも、俺が王を殺すことを前倒しにしたため今、あのように振舞うしかないのか………。
ならば、この王の言う呪いは彼の苦し紛れの策ではなく、本当なのか?
いや、だからなんなのだろう。
仮に自分の命が散ってもいい。
今まで、いろんな人間の命を奪ってきたではないか。
僕はよく生きた方ではないか?
ああ、覚悟は決まった。奴を殺さなくては。
僕はそのまま、王のもとへと向かう。
王女は身動きひとつせず、事の次第を見守る。
それは、先ほどの行為が王の奥の手を探すためひと芝居打ったのだと理解する。
僕は王の前で剣を振りかぶる。
王は先程までの余裕ある笑みが嘘のようにワナワナと口元をヒクつかせて、当惑する。
「ああ!?嘘だろ!?お前は我を殺せば、死ぬんだぞ?分かっているのか?………おい!この気狂いを止めろ!おい!……おい!」
王はこの状況がやっと理解できたのか、王女を呼び続ける。
怒号の中、王女は未だ眉一つ動かさず、見守っている。
しかし、不意にその口の端を吊り上げた。
「ああ、その呪いになりますか。まあ、その呪いは古代の魔法ではないので、大丈夫です」
王女のフッと一息吹けば、僕と王の周りから紫煙がたち、霧散した。
「なに………。お前何を考えている?この勇者を助けてどうする?お前………」
「私は、王女でも、貴方の猫でもない。辻井瞳ですから…………。あの子がそう呼ぶ限りは瞳ですから……」
「なにを馬鹿な………」
「そうか………。では、王よ。さようなら」
僕は剣を振り下ろした。
王の断末魔に、続けて胸から血が噴き出す。
そして、王の胸からだけではなく、僕の胸からも同じよう血しぶきが舞った。
………何故?
彼女が解呪したはずではないのか?
「………馬鹿め。ふふっ。グフッ。勇者………お前にかけている呪いは一つや二つではない。100は優に超える呪いを重ねてかけた。それはそうだろ?勇者なのだから。フェーリスには分かるまい!
それは、即席の呪いなどではなく、初めの呪いの際にはもうかけてあったのだから!ははははははは」
王はそのまま笑いながら、吐血し、倒れた。
しかし、未だその血の絡んだ濁った笑い声は止まらない。
「勇者様!見誤ったというの………!!なんで………勇者様!大丈夫ですか!?」
彼女が叫んでいる。
彼女がここまで声を張り上げるところを初めて見た。
ああ、胸から血が流れていく。
呼吸をしようとすれば、血でむせ返り、激しく吐血する。
二人から流れ出る小川は謁見の間を赤く染めていく。
体から力が抜けていく。
剣が脱力した手から滑り落ち、地面に転がる。
その後、剣の隣に体がゆらりと倒れこむ。
自分の血の海に体が浸かる。
目の前がゆらゆらと揺れている。
そんな中、辻井瞳を視認する。
彼女は王の首に手を当て、死んだことを確認すると、僕の方に駆け寄る。
「………。貴方がそんなに……焦っているところを……初めて見ました」
「話さなくていいです。もうすぐ、兵士が来ます。私の部屋に移動します。勇者さま、死んでは駄目です。あの子が悲しみます。なんで………。呪いは無力化したはず。なんで。止まらない。血が止まらない。なんで!なんで!」
いつも無表情な彼女が額に汗をかきながら必死の形相で魔法を乱発する。
腕から首にかけて、傷が増えていく。なるほど、高位の魔法は傷を代償に行使していたのか。
「………もういいよ。大丈夫」
「全然大丈夫じゃない!黙っていてください!」
彼女は声を荒げて、魔法を行使しながら涙を流す。
「ここで、助けなければ、消えてしまいます。どうにか………。いえ。意識を保って。貴方の魂はまだ向こうの世界と繋がっています。ここで意識を手放しては駄目です。あの彼女のピックがある。あれを用いて通い合うはず。まだ望みはあるのです。彼女を………。彼女を………」
「いや、いいんだ。覚悟はして……いた。あり………が……とう」
僕は後悔していない。
あの男を断罪すると決めたときから、自分も同じような運命をたどることはある程度想定済みであった。
結果、あの男を葬れたことに感動すら覚える。
しかし、一つ悔やまれる。
まだ、彼女に何も言っていない。
桜井さんのバンドのライブも見たかった。
桜井さんと一緒にもっと店を回っておけばよかった。
桜井さんのオリジナル曲も聞けてない。
ああ、言っておけばよかった。
そしたら、もっと色々と………。こんな願望を上げ連ねた走馬燈ではなく、彼女との思い出を見られたのか…………。
僕は最後にくだらないことを考えながらもその意識を手放そうと目を瞑る。。
いや、音が聞こえる。
電子音のような………
………
………
………
………プルル。
………プルルルル。
プルルルル。
プルルルル。