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異世界勇者と女子高生の恋  作者: 中町 プー
14/19

第14話

「ああ。それは嘘。作り話だ。本当は悩みなんてないよ」


 悩みがないわけがない。


 あるに決まっている。


 それに、あの腕の傷についての謎も残っている。


 見てきたから分かる。


 貴方がいつも何かに悩んだり、怯えたりする様を見てきた。何かを隠しているというよりも、知られることを恐れているといった方が腑に落ちる。


 違和感がなければ、貴方に思いを伝えることも出来たのか………。


 私が、貴方の苦悩になんて気づかず、この思いを伝えたていたらどうなっていただろう。


 貴方は最後まで私に言わなかった。


 それは言わなくてもいいことだから言わなかったのか、本当に言えなかったことなのか私には分からない。 


 でも、私にはどうしても言及することが出来なかった。


 それはそうだ。


 あんな清々しく笑われたら私にはもうどうしようもできない。

 それに、また拒絶されたらという恐怖もあった。


 その笑顔もフェイクで本当はただ聞いてほしくなかっただけだとしても、私には分からない。


 しかし、後悔するくらいならば、関係性が破綻してもいいから聞いておけばよかった。


 あの時、聞いておけばあんな結末にはつながらなかったかもしれない。








「そろそろ、接触してくる頃だとは思ったが、まさか僕の家の前で待っているとは思わなかった」


「この方が勇者様に会うには確実じゃないですか?」


 それはそうだが………。


 まさか、家の前に来るとは思わなかったのだ。


 また、疑ってはいたがこうまざまざと見せつけられては狼狽してしまうのも仕方がない。


 辻井さんとは今まで接点はなかったが、桜井さんのバンドメンバーだと聞いて知ってはいた。


 僕が話すときは、大抵、桜井さんとドラムの子と三人だった。辻井さんは上手く僕を躱していたわけだ。


「立ち話もなんですし、どこか喫茶店とかで話ませんか?」


 喫茶店………。


 後輩と話していると何とも思わないのに、召喚士と話していると思うと違和感がある。


 しかし、確かに立ち話をするのも変だと、僕は彼女の提案にのり、近くの喫茶店に向かう。








「ああ、呪いが解けたのですね。おめでとうございます」


「おかげ様で………」


 目の前でパフェをパクパク食べる小動物のような後輩は召喚士の女の口調で言祝ことほぐ。


 違和感を隠せないでいる僕は自分を落ち着かせるために珈琲を一口飲み、彼女をじっくり観察する。


 やはり腕の裾から覗く傷がチラチラ見え隠れする。僕にも腕に傷があるが、彼女のはまた違った要因により出来た傷だろう。


「やはり、琥珀に解いてもらったんですか?」


 そういえば、一日に二度も喫茶店にいる。


 それも違う後輩と。


 前の僕ならば大手を振って喜んでいただろう。


「ああ、そうだね。桜井さんに解いてもらった。君もそうだろ?」


「そうですね。琥珀には本当に感謝しているんです………」


 初めて彼女が人間味のある表情をした。


 召喚士の女の常に冷たく、平静を保ったロボットのような表情、淡々とした口調でもって事象を説明する様が脳裏に焼き付いている。


 しかし、今の彼女はどこからどうみても美味しそうにパフェをつつく女子高生だ。


「それで………。何の用事があったの?パフェを食べに来たわけでもないでしょう?」


 そういうと、彼女はパフェをつつく手を止め、ばつの悪そうな顔でこちらを見る。


「そうですね………。そろそろ私のこちらでの魔力が底をつきそうなのですよ。そうなると、貴方をこちらに戻す際に色々と弊害があるのです」


「僕をこちらに戻す?」


 この女が僕を戻すメリットが分からない。そもそも、なんでそんな提案をしてくるかすら分からない。


「ええ。もう元の生活に戻りたいでしょ?」


「それは、そうだけども………」


 僕はんーと唸りながら、彼女の顔を凝視する。


「私が信用できませんか?まあいいですが、どちらにしろ、貴方は私の力なしではこの生活を抜け出せませんよ?」


 まあ、そうなのだろう。それを召喚士本人に言われるのは腹が立つ。

 この相手を絡めて、呑み込むような話し方は、当たり前だが召喚士の女そのものだ。


「そうかもしれないな。それで、その弊害っていうのは何?


 言ってしまえば、そんなのは今更だ。

 弊害なんて異世界に召喚されてからいくらでもある。そもそも僕をこの悪夢から目覚めさせる後処理をするために、今こちらにいるわけじゃないだろ?

 召喚の試しで間違ってこちらにいると思っていたが………」


「まあ、その通りなのですがね………。いえ……。もし、あなたがあちらで消えれば、


 こちらの貴方が死ぬことはお分かりですよね?傷も、呪いも戻ってきても持続していたでしょ?」


 分かっていた。


 傷が治っていなかった。


 呪いの制約が頭痛を引き起こしていた。


 なにより、起きたとき頭に残っている。あちらの人間や魔物の悲鳴の残滓が。


「分かっているのならばいいのです。もし貴方があちらで消えれば、こちらの貴方の存在も消えます」


「存在が消えるか………それはこちらでの死を意味するのか?それとも、その通り、存在そのものがなかったことになるということか?」


「そうです。はじめからいない者になるわけです」


「そうか………」


「しかし、それともう一つの問題として、一人、私たちに関わりすぎた人間がいます。その人間と私たちにつながりが出来ているのです」


「……桜井さんか」


「ご名答。琥珀と私たちのつながりは呪いを通して出来てしまいました。この意味が分かりますか?

 もし、もう一度、召喚の儀を行えば、琥珀が召喚される可能性が高いのですよ」


「………は?」


「そういえば、言ってませんでしたね。


 召喚は誰が来るか分からないわけです。無に近く、生殖活動のできる者が来るようにはなっているのです。

 老人や赤ん坊がきても仕方がないですから。その制約があって彼女は当てはまり、つながりは強い。ああ、確実に彼女は召喚されるでしょうね」


「要は僕が死ななければいいだけだろ?話が見えない。弊害とは何のことを言っている?」


「ああ、そうでしたね。つい熱が入り話が脱線しました。琥珀をあちらに召喚されるのを防ぐために、つながりを完全に断つための魔法を行使すればもう私はこちらで魔法が使えなくなるわけです。その場合、いかなることにもこちらの世界から対処できなくなります。なのでこちらの世界では後、一度きりの魔法で全てが無に帰すということです」


「そうか…………。分かった…………それで」


「分かったのならば、やめてもらえますか?もう少し待ってもらえますか?」


 彼女は僕の言葉を食って、僕と視線を合わせる。


「ん?なんのこと?」


「王を殺すのを待てと言っているのですよ。分かりますよ。それくらい。あの王を殺すのは待ちなさい。今ではない。今日はそれを言いに来たのです」


 何故ばれたのか分からない。


 僕は確かに今日の夜、殺す気でいた。


 呪いが解けたのならば、あの王を殺す。二度と僕のような人間を出すべきではないという考えのもとに。


「もし、あなたが死ねば、次の召喚が行われます。困るでしょう?自分が死んだあとに彼女が王に蹂躙されるのは?」


 その言葉を聞いた時、思わず椅子から立ち上がりそうになる。そして、それ以上、その話を続けるなと目で彼女に訴える。


 無論、怒りでだ。


 それは想像するに身の毛もよだつ未来だ。


 僕の無言の圧力はその場の空気を震わす。その震えを感じてか周りの人間が急に黙った。


 僕の殺気に応じたわけではなく、本能なのか皆、一様に押し黙ってしまう。


 震えだす者までいる始末だ。


 勇者の力はかくも恐るべきものである。


 しかし、こちらの世界ではそれは弊害でしかない。


 そして、彼女に異世界での鬼畜の業を背負わせるのは絶対に阻止しなければならない。


「なぜ、今は駄目なのか聞いていいか?…………それに何故、僕が死ぬと断言できる?」


「王は私たちの呪いが解呪されたことを分かっています。術者ですから。

 ならば、次に貴方を封じ込める策を用意しているはず。

 しかし、私も貴方も王から見れば考えることが出来ぬ愚か者なのです。解呪されていることに私たちが気付いていることは知らないのです。


 では、その好機を利用し、その次の策を私が調べます。その後、王の暗殺を試みるというのではどうでしょうか?」


「仮定の話が多く、未知数な貴方の言葉を信じろと?」


「信じてくださいとしか言えませんね。それに、貴方は私の言葉で呪いも解けたでしょ?信用してください。私も信用しておりますよ。勇者様」


「……分かった。正直、心もとないのも確かだ」


「では、交渉成立ということで。ああ、そういえば、召喚のことでもう一つお話が。」


「ああ、僕も貴方に聞きたいことがあった。解呪された今、僕はこちらに戻れるのか?」


「ええ、その話です。結論は戻れます。私があちらの世界にいれば、あちら側で召喚魔法を解除すれば、もう魂の半分があちらに行くことはないでしょう。


 そもそも、この召喚魔法は失敗ですしね。半分の魂しか召喚できないなんてのはもはや召喚とは言えません。呪いといった方が腑に落ちる。王もあの召喚の儀がこのような結果を招いたことを知りませんし………」


「いや、戻れるのならいい。分かった。王の暗殺は僕の領分だ。召喚は貴方の仕事だ。後は任せる」


「………そうですか。分かりました」


 彼女の顔に一瞬、影がかかる。


 しかし、また能面のような顔に戻るとパフェをつつきだした。


 その後、特に世間話をする仲でもなし、彼女は喫茶店を後にした。


 ちゃんとパフェの器を空にし、自分の分のお代を残し出ていった。


 抜け目のない女である。


 僕は目の前の空席を眺めながら思案する。


 本当に彼女を信じていいのか?


 本当にこちらの世界に戻れるのか?


 考えても仕方のないことだが、どうにも一抹の不安が頭をよぎる。


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