第13話
「嘘ばっかりつく人はオオカミ少年みたいに何を言っても信用してもらえなくなるんですよ…………」
「はあ。あ、はい」
「女子を泣かしたり、延々と嘘の話を語り婦女子を騙すのは悪い男のやることだと祖母も言うでしょう」
「祖母?………。あ、はい。すいません」
「分かりますか?」
「はい」
桜井さんの怒りが止むのを待ちながらも、よく考えれば高校生になって女子と帰り道に寄り道するなんてのは初めての出来事だなと感慨深く思う。
僕は今まで、それこそギターが友達くらいに家に帰ればギターを弾き、学校にいれば本を読み、人との会話を極力避けてきた。
そんな僕が女子と帰ることがあるとは………。
「……桜井さん。そういえば、文化祭出るんでしょう?おめでとう」
「あ、それはありがとうございます。瞳から聞きましたが先輩も出るんですよね?おめでとうございます」
「ああ、そうなのか。辻井さんね……。そいえば、文化祭の曲は決まった?1バンド2曲だけど」
「んー。1曲は今までのコピーしてきた曲から選ぶ予定ですけど、もう1曲はどうしようかなと………。いま、オリジナル曲も作っているので………」
「へっ?そうなの。すごいね。1年生でそれはすごいよ。オリジナルか………。期待してる」
「でも、ちょっと悩んでるんですよ。バンドメンバーの二人には言ってないし、私がやりたいだけなので………」
と文化祭の話をしながら僕一人では絶対に入らないであろうほぼほぼピンクで塗りたくられた店内で、桜井さんとパフェをつついている。
「というか、なんでこの店を選んだの?」
「なにか文句でもありますか?」
冷たい視線に肝を冷やした。
「いえ、ありません」
「あ、そうだ。先輩、連絡先教えてください」
「いいよ。じゃあ」
彼女と連絡先を交換し終えると、ふと気づく。
僕の携帯に母以外の女性の連絡先が加わったのは初めてだなと。
今日はあまりに初めてが多い。
そして僕は自分が今を結構楽しんでいることに気づく。
少し照れ臭くて、恥ずかしい。
そんな感情があふれて、急に飛来した幸せに少し笑ってしまう。
「どうしたんですか?」と桜井さんが不思議な顔で聞いてくるが、「なんでもないよ」とかぶりを振るうと彼女はまたパフェをつつく。
それを見ながら、ふと疑問に思う。
いや、なんでジャンボサイズ頼んだんだろう?
本当に自由奔放とは彼女のためにある言葉みたいだな。
彼女はご満悦といった表情でパフェを食べる。
小さい口でパクパク食べていくのをただ見守る。女子の胃袋は魔法なのだろうか?
彼女が食べ終わると、僕らは楽器店に向かった。
僕は特に用事もなかったが、彼女がギターの弦を買ってほしいとお願いしてきたからだ。
楽器店はいまだ慣れないので、店外で待つことにする。
理由は店員がすぐに話しかけてくるからだ。
なので、僕はネットを利用して楽器関連の物は買うようにしている。
桜井さんは「べつに楽器も買ってくれとは言いませんよ」と馬鹿な文句を言いながら店内に入っていったが、あまりに戻ってくるのが遅い。
心配し店内を覗くと、店員と話してる彼女を見つける。
ああ、やっぱり捕まってるじゃないか………。
携帯に連絡が入る。先輩助けてくださいと。僕は店に入り、彼女に声をかける。
「桜井さん、帰るよ」
「あ、先輩!……すいません、今日はやっぱり帰ります」
と店員にいうと楽器店を後にする。
「いやあ、ちょっと楽器を見てたら、急に話しかけられて。長く話されるので困りました」
「はあ。桜井さん、実は初めての人と話すの苦手?」
「え?なに言ってるんですか?余裕ですよ。あの店員さんはちょっと話が通じませんでしたが、いつもならササっと対応して……とにかく余裕ですよ」
「ああ、そう……」
下らない話を彼女とするのは楽しい。
初めて会ったときも確かこんなフウに下らない話の応酬だったなと懐かしくなる。
しかし、そんな楽しい時間も終わる。
先ほどまで、まだ夕方のオレンジ色の空にヒグラシの鳴き声が木霊していたのに、今では空は黒く、外灯の明かりの下に僕たちはいた。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか…………。今日は本当にありがとう」
「なんで全部、奢ってもらった私に礼を言うんですか。あ………。そういえば、先輩は何か好き嫌いとかありますか?」
「え?そうだな。まあ、大体食べれるよ」
「ああ、そうなんですね!私はセロリとかトマトとか食べれないですけど………。じゃあ、今度駅前の黄色い店に行きましょ!あそこオムライス屋さんなんですよ」
今度………。
今度か………。
僕は彼女のおかげでもう呪いからは解放された。
しかし、まだ異世界での生活は続く。
ならば、やらなければならないことが一つある。
それは絶対に必要なことである。
「いいよ。行こうか。………というかセロリ食べれないの?育ってきた環境のせいかもしれないね。」
「え、なんですか?それ?ワンモアタイム?」
「わかってるじゃないか。仕返しのつもりか?」
恥ずかしさから真っ赤になる僕を彼女は馬鹿にしながら楽しそうに笑う。
僕たちは馬鹿な話をしながら駅に向かった。
じゃあ、また明日。と彼女を見送る。
彼女の背がどんどん小さくなる。
彼女が去ったあと、ずっと彼女の笑い顔や、怒った顔が頭の中に残る。
心が不意に暖かくなった。
ああ、もっと彼女といたいと。
僕はどこかで彼女に期待していて、その望みが叶ったからという俗物的な理由からかと思った。
しかし、彼女ともっと話したい、もっと知りたいと思うのはそれだけではなく、自分の本心であると理解している。また、これは違う感情の芽生えだとも。
彼女にこの気持ちを打ち明けたらどうなるだろう。
笑って受け入れてくれるだろうか。
しかしこれは、まだ言えない。
自分の最後の仕事が済んだら、彼女に言おう。
自宅付近を歩いてると、家の近くの外灯の下に誰かいるのが見える。
小さい女の子の影だ。
彼女は僕を待っていたのか、スッとこちらに歩み寄るとその首を上げた。
だいたい察しはついていた。
彼女からあの呪いの音のことを聞いたとき、確かにそう言った。
そして、あの召喚士の女も言っていた。
一度失敗していると。ならば、その時に同じく魂の召喚は行われた筈だ。
その魂の居場所は?
誰かが僕のように眠ると同時にこちらに来ている可能性がある。
それを知っていて、僕に教えたのは?
多分そうかもしれないと思うと同時に、接触してくる可能性もある程度予想していた。
「お昼ぶりだね。辻井瞳さん。いや、召喚士のほうがいいかい?」
「ああ、呪いはちゃんと解けてますね。こんばんは飛騨先輩。いえ勇者様」