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異世界勇者と女子高生の恋  作者: 中町 プー
10/19

第10話

 

 私が軽音楽部に入部して約三カ月が過ぎた。


 高校に入って初めての学期末テストを終えて、今は夏休みということもあり三人で集まりバンド練習をしようということになった。


 夏休みに入るころには私たちの練習した曲も5曲と数を増やし、一層バンド練習に身が入っている。


 初めて市内の音楽スタジオに来たことから私は少し緊張しながらスタジオのドアを開けた。


 スタジオ内は部室と同じように埃っぽくかび臭く、ところ狭しとアンプが置いてある。


 瞳はもう先にスタジオについており、彩羽は5分遅れてきた。


 三カ月も苦楽を共にすれば人となりも分かるものである。


 彩羽が二年生の九十九先輩に告白して振られて号泣するところを見てこの子はなんにでも真っ直ぐな子だなと改めて思ったり、瞳とよく話してみると世間ズレしたお嬢様な部分が浮き彫りになってきたりと様々だ。


 しかし、こういった全然性格の違う人間が集まって音楽を奏でるのもまたバンドの楽しみの一つかもしれない。


 彩羽と瞳が楽器のセッティングを終えると、私もマイク前に立つ。


 二人を見渡せるようにマイクの位置取りを行う。


 すると瞳が何故かいつもより張り切っているのが分かる。


「じゃあ、琥珀。始めよう」


 とそわそわしながら言ってくる。


「よし。じゃあとりあえず練習曲を一通りやろう………。ん?」


「どうしたの?琥珀」


 と彩羽がドラムの椅子から立ち上がりこちらを見る。


「ちょっと待って瞳。なにそれ………」


「え………。これ?ベース?買ったの。夏休みに入る前に」


「いや、ベースなのは分かるけど………。なんでギターより弦の数多いの?おかしくない?」


「いっぱい弦があってかっこいいでしょ。あと、鍵盤に猫ちゃんがいるの。うん。可愛い」


 瞳は自分の7弦ベースを見直すとうん、うんと頷く。


「いや、私たちのやる曲にそんなベースいらないでしょうに。というかそんなベースを使わないといけない曲なんて逆に探す方が難しいでしょ」


「いやいや、琥珀。メタル界隈では当たりまえのことだよ。ジェントでは5弦、6弦は当たり前だよ。メタルコアのはじめは破壊だなんだと歌ってるのにCメロになると急に平和を歌いだすみたいな、メタルあるあると同じだよ」


「いやいやいや。そんなラッパーはすぐに身内や友人に感謝するみたいなノリで言われても…………。ねえ彩羽もなんとか言ってよ」


 夏休みに入る前にこの子に何があったのか。


 そういえば休みに入る前にアホみたいに早い16連符を弾いたり、ベースでライトハンドしたりとどこを目指しているのか分からないベースプレイをしていたことを思い出す。


 そういえば、楽器の上手い人はジャズかメタルに走ると聞いたことがある。


 私はたまらず彩羽に助言を求めるも、一蹴される。


「いやいや、あんたらはさっきから何を言ってるの?」


「あとメタルのPVはダサい」


 瞳は7弦ベースを撫でながら、適当に相槌を打つ。


「いや、もういいから。そんな狭い層でしか分からないあるあるはもういいから。とりあえず曲いくよ。あと、瞳は次から普通のベースもってきて。はい、琥珀も曲やるよ」


「猫ちゃん可愛いのに………」と瞳が不貞腐れながらも私たちの演奏が始まる。


 案外、瞳の7弦ベースの音色がよく、7弦を弾きこなす彼女が普通にかっこよかったことから、今後も7弦ベースを弾くが良いという彩羽からのお許しが出ると瞳は今日一番の笑顔ではしゃいでいる姿を見せた。

 私も笑顔の瞳を見て、許容した。


 練習が終わり、スタジオの外に出るとむわっとした熱気が襲って、私たちは一気に脱力する。


 セミの大合唱にも一層暑さを感じる。


 こうやって気怠い夏の昼下がりに友達と集まっていると夏休みが始まったんだと改めて実感する。







 彩羽は練習の後、先輩達とラーメンを食べに行く約束があると最寄りの駅に走っていった。


 なんでもバンドマンはラーメンとフェスがあればそれで十分なのだそうだ。


 私と瞳はとりあえず冷気を求めて喫茶店に向かう。


「たまらなく暑いね。ああ、しんどい」


「そうだね。暑い」


 二人して夏への愚痴ばかりが出る。


 それは、楽器を背負っているから、なおさらしんどく感じられるのかもしれない。


「そういえば………」


 瞳がなにやら言いよどむ。


 私は暑い中、彼女の次の言葉を待つ。


「初練習の時………。ごめんね。ちゃんと謝ってなかったから……」


 瞳は申し訳なさそうに頭を垂れる。


 しかし、済んだ話をもう一度下手に謝られても困る。

 多分、話の本筋はそこではないのだろう。それは瞳とこの3カ月付き合ってきた私には分かる。


「なんで、あそこまで完璧を求めていたのか自分でも分からないの。ただ、使命感みたいなものが働いていたのかもしれない。でも、彩羽には何も言わずに琥珀にだけ強くいってしまったのは何故かずっと考えていたの……」


「それは、私が目に見えて間違えていたからじゃない?」


「うん。どうだろう。でも……それだけじゃない」


 私たちが歩く先は熱気でうねり、蜃気楼のせいで遠くはボヤけてよく見えない。


 汗が額から流れて、首へと伝うのを感じ、そちらに意識が向く。


 瞳がまた話しだす。私は意識を瞳に向ける。


 瞳は考えながら話しているのか、言葉を探しながら話を組み立てている。

 これは私と和解するための会話ではなく瞳が納得するための会話だと理解していながら話に付き合うことにする。


「琥珀が楽しみながらバンドをしようと言ってたのに、上手く出来ないことに矛盾を感じてある意味で苛立っていたのかもしれない。その矛盾は私の性格では許すことのできないものだったから。私は昔から矛盾や、不完全ではだめだと父に教わってきたから………」


 突拍子も無い話を始める彼女を最初は訝しみ眺めていた。


 しかし、瞳が言葉を重ねるたびに、彼女の顔が違う顔になっている気がした。。


 それはバンドメンバーのベーシストの瞳ではない。


 どこか浮世離れした雰囲気に、彼女に何か発言することを憚られるほどだ。


 彼女の話し方は普通なのに、その言葉からは冷たい印象を感じる。


 まるで違う人間と話しているようだ。


 その違いにえらく既視感を覚える。


 まるであの日の先輩のようだ。


 あの日、通行人に向けた先輩もまるで別人のようだった。


 私はその時、先輩のあまりの変貌に委縮してしまい何も声をかけられなかった。


 ここでなにも言わずに、なかったことにすればまた後悔する。


 ちゃんと向き合って、彼女の声を聞かないといけない。


 その時、なにかピキッとメッキがはがれるような音が聞こえたが無視して彼女に言及する。


「………瞳はどうしたいの?完璧な演奏もいいと思う。矛盾も瞳が納得していないなら話し合おう。私たちのバンドのことでしょ?それ以外の人は関係ない」


「違うの。琥珀を責めているわけじゃなくて………。そうだね。他の人は関係ないね。私の性格なのかもしれない。でも、私は楽しくバンドがしたいし、琥珀に対してなにか思っていることもないよ」


「じゃあ、どうしてほしいの?意味が分からない」


「えっと……」


 ここまできてもまだ言葉に詰まる彼女に暑さも手伝ってか少しばかりの苛立ちを覚える。しかし、私は努めて冷静に彼女に言葉を投げる。

 それは、バンドメンバーとしてではなく、友人として彼女との関係を有耶無耶にしたくなかったからかもしれない。


「いくらでも聞くよ。私は別に瞳がどんな人だったとしても話を聞く。それで解決しなければまた時間を空けて解決できるまで待つよ」


「私が本当は傲慢で、分からず屋な人間でも?」


 私は少しはにかんで話す瞳にああ、彼女は自分をただ誰かに認めてほしいのかと合点がいく。

 例えそれが、勘違いでも彼女の話を聞く必要があると私は思った。


「それは、ほら私だって陰湿根暗バンドガールでしょ?いいんだよ。別に。バンドができて楽しければ。それに思ったことも言えないバンドメンバーなんてそれ以前に友達ともいえないでしょ?」


 瞳はこちらを見据えて、何が決心したように言葉を紡ぐ。


「私、ここにいていいかな?」


 ドラマのような台詞に苦笑してしまったが、彼女の顔は真剣そのものなので、私は首肯する。


「私、我が強いし、普通の人と比べたら変だと思うけど。そんな私でも言いたいことを言ってもいいの?」


 一瞬、変な言い回しに聞こえた彼女の言葉は彼女なりに真剣に向き合った結果なのかもしれない。

 私は彼女に優しく笑いかけた。


「いいんだよ。言いたいことも言えないこんな世の中じゃ………。まあ、とりあえずバンドメンバーなんだから言わないと曲も良くならないでしょ?」


「分かった。ありがとう。じゃあ、今度から言いたいことはすぐ言うね」


「よし、いま言ってみなさい」


「暑い」


 私たちは二人してため息をついて、ふたりして笑みがこぼれた。


 さっきまでの一触即発の空気はどこへやら、私も馬鹿なボケを挟みつつ、この話は終着したようだ。


 しかし、その時、またピキっという変な音が聞こえた。先ほどとは違う。


 卵が割れたような歪な音が耳に入った。周りを見渡すも卵など無いし、何かが割れた形跡もなかった。


「なんか、変な音しなかった?」


「ん?なにが?気のせいじゃない?」


 どうやら瞳には聞こえてはいないようだ。


 気のせいか………。


 ふと瞳を覗き見ると、その熱気で赤らんだ頬に一筋の線が見えた。


「え!なに泣いてんの!?そんな暑い!?」


「ううん。大丈夫。そういえば、喫茶店遠いね………」


「いや、瞳がなんか話しだすからスタジオから一番近い喫茶店を見送って次の店に向かってるんだよ。ああ、暑いのに………。喫茶店ついてから話してくれたらいいのに」


「ははっ。ごめん。なにか奢るよ」


「はい、約束ね」


「うん。約束」


 瞳の顔を見る。


 もう、変な雰囲気は出てなかった。それはいつもの瞳だった。


「………ありがとう琥珀。自由っていうのはこんな感覚なんだね」


「瞳、なんか言った?」


「ううん。早く喫茶店に向かおう。暑いし」


 彼女の目は涙ぐんで赤くなっていた。








 喫茶店に入ると瞳とアイスティーを飲みながらお互い手の大きさの話になったので瞳と手を重ねる。


 弦楽器を扱う人間としては手の大きさは結構重要である。


 私の方が瞳よりも身長は高いが、手は瞳の方が少し大きかった。


 その時、瞳のシャツの裾が下がり、その服の下の腕に生々しく傷が見えたが黙って見過ごした。


 一瞬、リストカット痕に見えたが、これは簡単に聞いていい話題とは思えない。


 しかし、その戸惑いは瞳に見抜かれていたようだ。


「どうしたの?奇妙な顔をして………。ああ、この腕の傷?これは小さいときにガラスを割ってできた傷だから気にしないで」


 ああ、リストカット痕ではないのか………。

 一安心。


 とりあえず頷いて、話を続ける。


「瞳は体は小さいのに手は大きいね。私よりでかくない?羨ましい」


「そうかな?でも7弦を弾くには小さいよ。もうちょっと大きければもっといろんな曲弾けるのになぁ……」


「まあ、メタルをやるつもりはないから、7弦をマスターすることもないとは思うけどね……」


 瞳とアイスティーを飲み終えるころには、もう外は夕暮れ時であった。

 私は知らないうちに2時間も話し込んでいたようだ。


 喫茶店を出ると積乱雲をオレンジ色の夕日のベールが覆っており、コンクリートの焼けたにおいに、セミの声と、夏が一気に舞い込んできた。


 先ほどまでの冷房の効いた喫茶店は天国のようであったのに………。


 こう暑いと何にも考えられなくなり、頭はボーッとして、日ごろの疑問やら、今したいことなどが頭にポツポツと浮かんでくる。


「そういえば、こないだ先輩もあんな顔してたな………」


「ん?どうしたの琥珀?」


「いや、こないだ先輩がちょっと怒った時、なんか違う人に見えたの………。

 見間違いだとは思うんだけどね。なんかさっきの瞳に似てたなと」


 見間違いなどではないことは分かっている。


 しかし、感情の起伏だけでちょっと思っていた人と違うなと感じることはあれど、別人のように見えるなんて聞いたことはないし、今まで感じたこともない。


 ふと疑問に思った言葉はスッと口から出ていた。


「飛騨先輩………?ふーん、そうなんだ。私と似てたの?なるほど」


「そうなんだけど……。そんなの本人に聞けないでしょ?でもちょっと気になる」


「んーと。多分、夢でも見てたんだよ。白昼夢みたいな?あんまり気にしてもしょうがないんじゃない?」


「そうだね。とりあえず帰ろっか?」


「うーんと。彩羽はラーメン食べに行ったんだよね?じゃあ、私たちも行かない?ラーメン!」


「ええ………。こんな暑いのに?やめようよ。暑いし」


「ええ。暑いからこそ食べるんだよ!」


「行きたくない!早く家でクーラーをガンガンにつけてギター弾きたい」


「うんうん。豚骨だね?じゃあ美味しいお店に案内するよ!」


 聞こえているはずなのに…


 まあ、本当に行きたくないときには無理にとは言わない。

 ただ悲しそうな顔で「そっか」と言いながら下を向いて歩いていく。瞳とはそういう可愛い生き物なのだ。


 瞳はそさくさと携帯でラーメン屋を調べ始める。


 この検索機能も最近になってやっと覚えたくらいの機械音痴だったのに………。


 無論、このお嬢様に携帯の機能を教えたのは私だが。


 瞳のお眼鏡にかなうラーメン屋があったのか熱心にそのお店のレビューを私に読んで聞かせる。


 その様子がなんだか可愛く感じ、流されてしまうのはしょうがないことだ。


「ええ………。はいはい行きますよ」


 瞳と三カ月付き合って分かったことは割と頑固なとこと、グルメには目にがないところだ。


 そして、私はこの小柄で可愛らしい、少し変わった友人といると素の自分でいられることも最近分かったことだった。


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