第1話
前に書いていた作品を改稿致しました。
いつも暗い作品ばかりですが、これはまだマシかもしれません。
最近、夢をよく見る。
それも内容が毎日、続く夢だ。
そして、その夢の内容を今でも鮮明に覚えている。
昔見た夢の内容など全く頭に残っていないのに、現在見ている夢ははっきりと現実味を帯びて脳に刻まれている。
初めてその夢を見たのは一週間前だ。
僕は夢の中で目を覚ます。
僕は自分が眠る瞬間を自覚したことはない。
それは、だれもがそうだと思う。自分の脳がシャットダウンする瞬間を自覚し、記憶している人間はそうそういない。いつのまにか寝て、起きれば朝になっている。
そして、万人は眠ると同時に、目を覚ます感覚がなんの間隔も、脈絡もなく起こる現象に襲われることなど皆無であるだろう。
始めに視界に入ったのは、見たこともない天井だった。
見慣れた自室の天井ではなく、目を覚ますと白く丸みを帯びた天井に直面したのだ。
周りの壁は天井に向かうに連れて傾斜となるドーム型の建築構造、また天井までの距離が異様に遠く感じられた。
まるで中世の神殿のような円錐型のドームの真ん中で大の字になって寝ているようだ。
しかし、やけに視界がぼやけている。
また、意識も朦朧としている。
そんなあやふやな状態のまま起き上ると夢の中のはずが体はすこし重く感じられた。いや夢の中だからだろうか?とにかく全てに違和感を覚えた。
とすると、頭の中で音が聞こえる。
頭を揺さぶる酷く重く苦しい音だ。
それは人の声だった。
周りを見渡すと黒いローブを身に纏った者たちが僕を中心とした円の形に囲んでおり、こちらを睥睨し、なにやらブツブツと呪詛のような言語を発している。
ドーム状のためか、それらの声は奇妙に反響し、酷く耳障りの悪いものであった。
悪趣味な夢だとため息が出てしまう。こういった夢は大体が悪夢に繋がっていくのだ。
とすると、白髪白髭の神父のような装束の老人と、豪華なドレスに身を包んだ女性がこちらに近づいてきた。
「召喚の儀は成功しました。はじめまして、勇者殿。こちらの言葉はわかりますかな?いま、魔法を唱えたので分かると思うのですが。もし、お分かりになるのならば、頭を縦に振って肯定の意思を示してもらえますかな?」
老人に言われるがまま僕は頭を振る。
「おお、魔法は成功いたしました。いや、これは失敬。勇者様もこちらの世界に来たばかり。不思議に思われることはごもっともでございます。後でこちらの世界のことをお教えしましょう。勇者様」
老人のやけに礼儀正しい言葉遣いに、変な宗教団体にでも拉致されたのかと疑惑の眼差しを隠せないが、どうにも眠い。
実に不可思議な夢である。
夢なのか、現実なのか判別できない事象。
また夢の中で眠気に襲われるというのもどうにも、腑に落ちない。
夢の最後はいつでも勝手に、唐突に終わるものだから。
しかし、瞼はやがて重力に勝てず閉じていき、また眠りについた。
僕は夢の中で、眠りについたのだ。
その瞬間、自分の部屋で目を覚ました。
朝日が自分のよく知るベッドを照らし、なんの変哲もない自分の部屋であることが分かる。
体に得に異常な点は見受けられない。
この時は変な夢を見たなくらいに考えていた。
次の日、また夢をみた。
青白い埃を被ったランプが一つ天井にある。
今度は一般家屋の屋根であったが、あまりの狭さに、ここは納屋の中ではないかと推察する。しかし、家具や、ベッド、その机の上にある見たこともない果実に当惑する。
すべての家具が木製であり、この部屋にはこれまた木の窓がひとつあり、その隙間から日の光が差し込む。
今が朝であることが伺える。
まだ夢の中なのに今度は目を意識的に動かせる。受動的に物事を見せられるいつもの夢とは違う。
ベッドから起き上がると、部屋中を見渡す。
あきらかに僕の部屋ではない。
それに今度は昨日の夢のように、ぼやけた視界ではない。
明暗も、物の輪郭もはっきりと見極めることができるのだ。
今一度、現状を見直す。
寝ている間にどこかに拉致されたのかと、体中をくまなく調べるも傷ひとつない。
また、正常に物事を考えられることから精神面に異常があるわけではない。
あるのは部屋の窓に対面するドアが一つ。
そして、僕は見たことも聞いたこともない世界の扉を開いた。
その先には、耳のとがった人間や、全身が体毛で覆われた獣人、えらく鼻の大きい小人など。
フィクションの産物だと思っていた存在が目の前を平然と歩いていたのだ。
その世界での視界は良好、耳も鼻もよく効き、明瞭にその世界のすべてを感じられた。
おかしなことに痛覚に至るまでも。
痛みを感じると夢は覚めるものだと思い込んでいたが存外そうでもないようだ。
僕は、その夢を毎日見た。
まるで、こちらの世界で眠るとあちらの世界に転送でもされているかのように。
毎日、毎日、繰り返しその夢の続きを見るのだ。
僕はあちらの世界では、勇者と崇められ、慕われた。こちらの世界とは全く違う。
こちらの世界での僕は勇者などではなく一般の高校生としての日々を陰鬱に暮らしていた。
部活には入っているものの、人との会話を嫌い、消極的な性格で部員にも認知されている。
しかし、あちらの世界では、村を助け、国を守る、誇り高き勇者なのだ。
僕は勇者としてあちらの世界で認められ、またあちらの世界での自分というものを自認し始めた。
しかし、問題が生じた。
あちらの世界を仮に異世界と呼ぼう。
継続して見る異世界の夢から覚めて、自室のベッドから起き上がると腕にひどい痛みを感じた。
痛みを覚える箇所を確認すると自身の右腕あたりが赤く染みていた。
そこはちょうど異世界で緑の小人と呼ばれる、ゴブリンに右腕をひっかけられた所だ。
服を袖ごしから捲り上げると、そこにはゴブリンの歯形と思わしき傷跡が深く、くっきりと付いていた。
一週間と長く見る夢の中で僕は初めてこの夢を深刻なものだと受け止めた。
朝日が窓から差し込み、鮮血を照らす。
血の匂いを鉄臭く感じ、また痛みを自覚する頃にはこの事態に頭を悩ませていた。
異世界での出来事は夢などではなく現実なのだということを痛感したからだ。
思えば、これが悪夢の始まりだった。