彼女の見る世界
授業中、斜め前の席に座る清子をぼんやり眺めるのが伊織の日課だ。横顔が美しいから目の保養になるのと、肩に憑いているモノが気になるのだ。
(アレはホントになんなんだろう…。単純な霊とかではないし…特に何をするでもないし)
伊織は、この世に存在する人間でない物は幽霊だけではないと産まれついて知っていた。だから分かる。恐らくアレは幽霊ではない何かだ。だが見てもよく分からないし、見ようとするとよく見えない。そして恐ろしいのに清らかな感じもして、見てはいけないと分かってるのに惹きつけられる。不思議な感覚で、今までアレ以外に感じたことがない。もう長いこと清子に憑いているようで、清子から剥がすのは難しいだろう。
あれ程存在が近ければ清子にも霊感が目覚めてもおかしくないのだが、彼女は零感、いわゆる全く見えもしない感じもしないらしい。
(よほど魂が強いか、強い守護霊に護られているのかもしれない)
清子の近くに居ればどんな状況でも奴らは手を出そうとしてこないどころか、怖がっている様に道を開けじっと固まっている、霊に対しては無双状態だ。そんな清子が羨ましいと同時に心配だが、非科学的な事柄なため清子へアプローチのしようがなく、そのまま見守る形になっている。伊織自身へ害を与えるわけではなければ、静観する。これが伊織のスタンスだ。どんなに危ないモノでも、関係なければ見て見ないふり。
小さな頃、同じ様に見える祖父に言われたことがある。
『いいかい、お前は憑かれやすい。人ごみにも行っちゃいかん。夜も絶対出歩くな。奴らはヒトのフリをして騙そうとしてくる。油断するんじゃないぞ。絶対に自分から関わるな、逃げる、これが一番安全なんだよ、伊織』
そう言って、重たい数珠を私の手に乗せてくれた。
『お守り程度だがないよりましだよ。大事にしなさい』
その頃には、恐ろしいモノたちが良く見えて、外出が兎に角嫌だった。母と父はお互い仕事で忙しく、あちこち出かけなければならない。付いていくと必ず恐ろしい目に合うことも多かったし、海外の仕事について行った時には数日間行方不明になったこともある。その間の記憶は全く無いが、母をひどく怖がらせた出来事のひとつだ。困った母は遠出の際はよく私を祖父へ預けるようになった。色んなことを祖父から聞き、学ぶ日々楽しかった。高校生に入ってからは祖父のところへ行くことも少なくなったが、数珠は必ず身につけるようにしているし、言い付けは今でも守っている。
ふと校庭を見ると、小さな男の子が遊んでいた。外は土砂降りで寒いくらいなのに、半袖で無邪気に楽しげだ。青いTシャツの色は雨の中でも全く変わっていない。そうしてしばらく遊んだ後、嬉しそうに1人の女性の教師の腰に抱きついてゆっくり消えていった。彼女がそれに気がつくことはこの先無いだろう。