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黒髪の乙女、ただし曰く付き。

 







  彼女の肩には必ず何かが付いている。


  美しい黒髪がたなびく肩越し、そこで必ず黒い目玉を光らせているのだ。彼女はそんなことなどつゆほども知らず猫を抱き上げ頬擦りする。猫は、腕の中からその目を見つけると身体中の毛という毛を逆立てた。その目は猫を捉えることはなく、ただ空をじっと睨みつけているが、猫にとっては存在そのものが恐怖の対象のようだ。どうやら、逃げ出すのもためらうほど慄いている。かわいそうに。


「清子、猫が怖がってるよ」


「はあ?何で?」


 清子はつり上がった目をさらに険しくさせた。普段の学校生活の中では、美しい顔をして大人しく微笑んでいるから、当初この目をされた時はびっくりしたものだ。しかし出会ってもう2年目ともなれば、さすがに慣れる。


「それに制服が毛だらけ、見てるだけでクシャミ出そう。清子の隣の席の子猫アレルギーだったら授業中クシャミ出てかわいそうだよ」


「ちょっとアンタうるさいんですけど…」


 地面に降りたあと、猫は一目散に生垣へと駆けて行った。清子はむすっとしたままその様子を見て、「行こ」と歩き始めた。彼女は今の有様の通り、どんな動物にも好かれない。歩調を早めて進む彼女は伊織を追い越し、伊織からは清子の左肩にべったりと張り付く男がよく見えた。本人は動物が好きな方なので可哀想だが、この男が居たら仕方がないと思う。何も知らない清子は両腕をぐっと伸ばして伸びをし、「昨日勉強したから肩が凝る」と独りごちる。あんなに腕を動かされたら居座るには心地が悪いだろうに、男はそれでも張り付いている。毎日、毎日、飽きもせず。肩凝りはたぶん勉強のせいではない。


「今日、なんかあったっけ?テストとか」


「だからあんたは馬鹿なのよ…」


「なるほどね」


 清子と伊織は2人で顔を見合わせる。そして、ふは、と吹き出した。


「何、堂々としてんのよ、馬鹿」


「へへへ」


「数学最下位のくせに」


「ちがう、200位だよ、ケツから二番目」


「あんたって本当にもう…」


 清子は勉強ができる。全教科学年で5番以内には入るし、全国模試も毎年必ず冊子に名前が載る。一方伊織は普通科の底辺を彷徨っている。他の生徒は2人の仲が良い様子を不思議そうに見るものだ。才色兼備で生徒会役員の花菱清子と、成績も素行も目立たない美術部の佐藤伊織。皆、接点がぱっと思い浮かばないという。


「おい、邪魔だぞ馬鹿ども、道塞いでんなや」


 後ろから低い声で清子と伊織の間を割ったのは橘 真。清子の幼馴染だというが、伊織は彼が苦手で2人きりでは話したことがない。真は薄い唇の端を上げ、2人を見下ろしている。伊織は「おはよう」とだけ声をかけ、真が入るスペースを開けた。


「馬鹿はアンタでしょ真。今、犬の(クソ)を踏んだわよ」


「市立高校のマドンナがクソネタ使うな」


 薄い唇を歪め、肩で清子の頭を小突く。橘は成績は常に1位で、生徒会長を務める。さらに剣道部の部長を兼任し、さらにさらに顔が良い。まさに文武両道眉目秀麗をそのまま具現化したような男だ。清子の前では気が抜けるのか荒っぽい口調だが、校内では気さくな優男を通している。2人の存在とその素顔を知った時、顔が綺麗で頭が良い人は二面性がある物だと理解した。二面性があるのは清子も同じなのに橘のことは伊織は好きになれないでいた。特別意地悪をされたことがあるだとか、彼から嫌われているとかでもなく、何となく苦手であった。誰しも守護霊が憑いてるものなのに彼には何もいないことといい、側にいると寒気がすることといい、気持ちが悪い。

  前を歩いていた清子が伊織に歩調を合わせてきた。清子の方が背が高いし、伊織は少し俯きがちに歩くので、清子が少し屈んで伊織の目を覗き込んでくる形になる。さらりと黒髪が肩から流れて、黒曜石のような目で見られると、女の伊織でさえ、その可愛いさに少しドキッとする。


「伊織。今日は生徒会でチャリティあるから部活行けないや、悪いわね」


「こないだ言ってたやつだよね。大丈夫だよ」


 駅の前で東南アジアの子どもたちのために募金活動をするのだ。生徒会は全員参加なので、生徒会長の橘はもちろん、書記の清子も参加する。


「ほっとけよバスケ部の洗濯なんか。自分でやれよ部員ども」


「剣道部にマネジ居ないからって僻むの良くないわよ」


「マネジなんか要らねェよ、自分のことは自分でやる方針だ。」


 伊織と清子はバスケ部員で、マネージャーを務めている。本来なら帰宅部が良かったのだが部活全員参加という校則のため、バスケ部に入部した。特に伊織は男子バスケットボールに興味はないが、清子に誘われたため二つ返事で了承した。清子は生徒会の仕事があるので、多少部活を抜けても影響がないマネージャーに留まりたかったという。


「佐藤お前、あの部長にいいように使われてんなよ」


「私?」


 橘は、たりめーだろ、とため息をついた。


「あいつは人の事を自分の駒にする性悪野郎だからな…」


 チッ、と舌打ちして、おそらく頭の中に居るだろう、バスケ部キャプテンを睨む。いやいや、と伊織は苦笑いをした。清子もフッと鼻で笑って口の端を上げる。


「真、先輩もアンタだけには言われたくないと思うわ」


  校門の前に立っているのは生活指導員の平林と、風紀委員長の鳥海。鳥海は真を始めとする3人を見て微笑む。涙袋があって、鼻筋がスッと通った爽やかな出で立ち。この人も美形だ。


「おやおや皆さんお揃いで」


「おはようございます、鳥海先輩」


 清子はすっかり優等生モードで美しく微笑む。橘と鳥海は幼馴染なので、橘は相変わらず仏頂面だ。


「お前ら目立つんだからもうちょい早く来てくんね?生徒会長と役員がこの時間はマズイだけどな」


「うっせーな、お前も委員長になる前は遅刻ギリギリだったじゃねぇかよ」


「ハイハイさっさと行け。んで明日は抜き打ち荷物検査だからDS置いてこいな」


「はぁ?誰も持ってねーよ」


「お前に言ってないよ、ねぇ伊織チャン?」


 え、と橘と清子が目を丸くしたのを横目に見て私は「はーい」と返事をした。2人からのまじまじとした視線を感じながら、下駄箱でスリッパに履き替える。


「佐藤お前今の時代にDS持ってきてんのかよ…」


「伊織、あんた嘘下手なんだからダメじゃない。上手くやれないなら持ってくるのはリスク高いわ」


「その時間帯じゃないと出ないモンスターが居たから仕方がないでしょっ!ほっといて!」


「あら、赤くなってる」


「モンハンならワールドだろワールド」


「高くて買えないんだもんゲーム機が」


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