出会い
いったい、いつからだろうか……
目の端にアレ、が映るようになったのは。
物心ついた時にはもう、見えていた。
不思議と怖い感情は無かった。
でも、今は――
「たっくん、帰ろー。夏祭りが始まっちゃうよ~」
冷房の効いた教室に男女が二人きり……。
ロマンチックでこのまま――
先に断っておくが、そんな関係ではない。
「ああ……」
ため息混じりの声は教室の入り口でタクヤの仕度を待つカオリに、とても心配な思いをさせる。
「何かあったの? 私が相談に乗るよ!」
「いや、別に何もない。ただ、昔を思い出してただけだ」
「そう……。それなら早く祭りに行かないとね♪ だって祭りはそんな憂鬱を消し飛ばしてくれるよ? だから早く行こ!」
無理やりなのだろう。カオリの笑顔は少しぎこちなかった。
夏は暑い。だから夏は嫌いだ。でもそれと同時に夏は好きだ。理由は――
「たっくん、これ食べようよ! 美味しそうだね~」
花火の時間にはまだ余裕があった。
カオリは両手いっぱいに出店で買ったものを持っている。
「まだ食べるのか?」
呆れた顔で聞くタクヤにカオリは、
「当たり前! こんなの夏にしか体験できないからね♪」
輝く笑顔で語った。
それからしばらく、一発目の花火が爆音とともに破裂し、空に綺麗な光のアートを描いた。
「毎年見る花火でも、毎年同じようで違うの。一緒に見る人も毎年たっくんだけど、年が上がるにつれ、変わっていく……」
「俺は変わらない。毎年ここで綿菓子食べて、金魚すくいして、そして、カオリの隣で花火を見る。この階段で――」
花火はまるで豆電球の様な小さな光を付けたり消したりして、二人を照らしていた。
「君は――」
気のせいだろうか、花火の音に混じって、誰かの声が聞こえた。
「カオリ、今何か聞こえたか?」
カオリはただ、顔を横にふる。
「見える?――」
また聞こえた。
「聞いてる?」
いつの間にか花火は終わっていた。
カオリが怒った顔で話しかけていた。
「悪い。何だって?」
「だーかーらー、花火、綺麗だったね、って」
「あ、ああ。そうだな」
「何その反応。まあいいわよ。帰りましょう。これで今年の夏も終わったようなものね」
「君は――、僕の声が聞こえる?――」
またこの声。さっきよりもはっきり聞こえた。
タクヤは先に歩いていたカオリの手をとって歩き出す。
「ちょっと、何? いきなり。今日のたっくん何か変」
「そんなことはどうでもいい。それより早く帰るぞ。ここは危ない」
モタモタしている時間はなかった。ここには、アレ、が居たから。
「もう~そんなに急がなくても……」
これ程自宅が遠かっただろうか。感覚では30分程走った気がするが、一向に見えてこない。
「ねえたっくん、この辺こんなに暗かったっけ?」
カオリの言う通り、灯りも一切無い。
「大丈夫……だ」
タクヤは勢いを緩めず、ただ走るだけだった――
「もう遅いよ」
声はそんなことを言った。
「声だけじゃつまらないからね。姿を見せようか? 君には見えるんだよね?僕が」
真っ暗闇のなか、忽然と現れた浴衣姿の少年。彼の顔には狐のお面が被せられていた。
「初めまして。いや、10年程ぶりかな? そしてようこそ妖界へ。僕は妖怪。もう解るよね? 僕の名前はロクロ、ヨロシクね」
突然立ち止まり、前に進もうとしないタクヤ。カオリはタクヤに声をかける。
「何で急に止まったの? 早く行こうよ?」
「彼女、美しいね。彼女には僕が見えていないのか。残念だよ。僕のことはいい。返事してあげて」
タクヤは仕方なくカオリに返事をする。
「大丈夫。もうお前をあの時みたいな思いにはさせない――」
――それは10年程前に遡る――