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07

「――ねえ、アイリーン。私の旦那様はどんなお方なの? 将軍様と聞いているのだけど」



本日で公爵家を離れてから7日目となる。この旅ももう折り返しだ。


ひどい雨で丸一日だけ立ち往生したが、道のりとしては順調らしい。

2週間の旅と聞いていたが、日程を多く見積もっていたのだとアイリーンから伝えられた。このまま行けばあと4日程度でオルサーヴの王城に着くという。


そういえば、何度も言うがこの旅は花嫁行列である。一般家庭同士の婚姻ではない。しつこいかもしれないが国同士のだ。


大掛かりなのは大掛かりなのだが、もっと、こう……大名行列のように道行く人々全員が頭を下げるようなアレを想像していたが、そんな踏ん反り返るみたいなことは全くなかった。


困った時のアイリーン。それとなく話をしてみると、王族同士の婚姻ならともかく身分の釣り合う婚姻ではないからとのこと。

オルサーヴに着いてからも盛大な式典は開催されない予定である。オブラートに包まれて言われたが、要するにあくまで自分たちの結婚はオマケらしい。


ここで気になったことがひとつ。身分が釣り合わない、とは。相手は将軍――つまりは高官レベルではないのだろうか。


そして冒頭の台詞へといくわけだ。



「どんなお方、ですか。例えば?」


「えっ。ホラ、年齢とか、髪の色とか、瞳の色とか、体格とか、どんなお仕事してるかとか、どこの出身かとか」



旅の途中で打ち解けたとはいえ、アイリーンは相変わらず片隅の椅子に姿勢良く座っている。私も相変わらず埋もれそうなクッションの山にもたれながらスカートの裾をいじっている。


本日の服装は深い青に染められたロングスカートに白のブラウスだ。柄がない分シンプルだが、中々に可愛いデザインをしている。

ささやかなオシャレにも気が回るくらいは旅に慣れた上に、体調もよくなってきたのだろう。


例えば、と聞き返したアイリーンの目が泳いだ。私はそれを見逃さなかった。



「申し訳ありません、私も詳しくは聞き及んでいないのです。将軍様についてはぜひご本人にお尋ねすれば喜ばれると思いますよ」



はい、ダウト。この反応は知っているな、旦那様のことを。

余程言いたくないことがあるのか……。まさか容姿すらまともに教えようとしないとは。結婚するのは私なんだぞ。


ふむ、ならばこの手はどうだ。



「ねえ、アイリーン……。私、不安だわ。結ばれる方の名前しか知らないなんて。どんな些細なことでもいいの。あなたが知っていることがあるなら教えてちょうだい」



クッションのひとつを手繰り寄せ、胸元できゅう、と抱きしめる。アイリーンから少し顔を背けて眉を寄せた。

哀愁さを醸し出すように最低限アイリーンの耳に入る程度に声も潜める。


不安げに少し丸まった背中、寂しげな伏せ目をすれば、儚げな美少女が出来上がっていることだろう。見た目だけは良いんだ。それなりに形になっていると思いたい。



「お嬢様、なんておいたわしい……! グリュンタール将軍は今年で30になられるお方で、焦げ茶の髪と瞳です。体格はまさに戦場を駆け抜ける方といったところで、顔にはいかにも死地をくぐり抜けてきたと――ハッ! 私としたことが、失礼いたしました!」



ふふん、ちょろいもんよ。些かわざとらしいような気がしたが、素直で真面目なアイリーンくらいなら騙せるようだ。


にしても、何だかアイリーンが熱く将軍様について早口に語っていたが……はて。それに、最後に言いかけたのは一体。ついうっかりもう少し喋ってくれれば聞けたのだが……。

聞き取りづらかったということは早口の他に訛りでもあったのだろうか。アイリーン自身にもまだ謎が残る。


まあ、まだ旅の期間はある。アイリーンについてももう少し踏み込んで話を聞いてみよう。


だが収穫も得た。なるほど、三十路か。でも予想より随分若かったな。勝手なイメージだが将軍様と聞くと四十路過ぎてても不思議ではない。

ちなみに、リリアーヌは19歳である。そう考えると一回り近くしか歳は離れていないのか。いや、それでも十分に離れているが。


体格も良い、ということはここは予想通り。引き締まった30歳なら年齢より若く見えるだろう。

あと茶髪に茶の瞳とな。焦げ茶なら色は暗いし、黒髪に近い感じだろうか。つまり日本人寄りの色味なら特に動揺しなくて済むだろう。


そうです、まだ鏡を見た時の自分の顔に驚いています。目の前に銀髪碧眼の美少女がいるぅ! って感じで。未だに自分が自分に思えない。


ぼんやりと旦那様像を想像する傍らでアイリーンは、しまった、と言わんばかりにこめかみを押さえている。


でも最後。最後に彼女は何を言いかけたのだろうか。何だかとても重要そうな事柄のような気がしてならないが、死地がどうのまでしか聞き取れなかったのが悔やまれ――。


ガコンッ、と大きな音を立てていきなり馬車が止まる。思いがけない急ブレーキにバランスを崩した私は床へ倒れ伏せた。



「ちょっ、何事――!?」


「お嬢様、お怪我はございませんか!?」



リリアーヌ自身の件で今後は寛容でありたいと思っていたがこれは怒らざるを得ない。

下がふかふかの絨毯だから良かったものの、これが普通に木の床だったらアザのひとつやふたつができていただろう。


大丈夫よ、と言いながら打ち付けた右腕をさすればアイリーンは心配だと言いたげに様子を窺う。が、その顔は瞬時に色を変えた。



「お嬢様はここでお待ち下さい。鍵のかけ方は覚えていますね? 声をかけられても決して返事をしてはいけません」



え、ええ、とアイリーンの気迫に圧されながらも頷く。彼女はそう早口で言ったが最後、何かを掴んで外へと駆け出した。


ぽかん、と呆気に取られるが彼女の言い付けを思い出して慌てて馬車の出入り口の鍵を閉める。鍵は3箇所。残りは両脇の窓だ。


窓に近づくまで私は気が付かなかった。

馬の嘶く音、何と言っているか分からない怒号、金属がぶつかり合う音――。


まさか、と冷や汗が背を伝う。もう片方の窓にも鍵をかけるべくその方向に進む。そして、見てしまった。

あまり良いとは言えない身なりの大男が複数人、間近にいる。その手には大振りの斧。あれは刃を潰したレプリカではない。きっと、本物だ。


――その内のひとりと、目が合った。


声にならない悲鳴が上がって無意識に後ずされば、床に散らばったクッションに足を取られて尻餅をついてしまった。


あんなに立派な斧なんだ。それを大の男が力任せに振ったとしても、この馬車なんていとも簡単に壊されるだろう。


ずるずる、と腰が抜けたまま窓から離れるべく後退する。


――ああ、やっぱり。いくら死にたがりでも、いざ命の危機に直面すれば生にしがみつこうとしている。ああ、なんて、愚かなことか。



「ほんと、みっともない」



自嘲混じりに漏らした声はしっかりと震えていた。

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