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06

話はリリアーヌが倒れて3日後まで遡る。

軍事大国、オルサーヴにそびえる王城の一角でのこと。



「今日呼び立てたのは他でもないよ、グリュンタール殿。おめでとう、君のお嫁さんが決まったんだ」



ニコニコ、と人の良さそうな笑顔の裏でとんでもない腹黒ということは自分はもう嫌でも知っている。

王子直々の呼び出しなんて何事かと慌てて城へ向かえば案の定これだった。



「その話はもう済んだことなのでは」



ギロリ、と脅すように相手を睨んでもこの若造はちっとも怯まない。それどころか、相変わらず怖いなあ、と煽ってくる始末だ。


目の前におられる方はヴィンフリート王国の第1王子、ジェラルド・フォンス・ヴィンフリート様だ。

現王に代わり、主に軍事面の仕事を担っている。直属、とまではいかないが自分の上司と呼べる人物である。歳下だが。


王子は己の事情を知っているはずだ。なのに何故またこんな話を掘り返してくるのだろう。



「こちらとしては済んでいないんだよ。君は先の戦で大変活躍してくれたからね。褒美を与えないわけにはいかないんだ。――君は現在独身だから尚更、ね」



応接間の机越しに王子は優雅に微笑んだ。インクでベタ塗りしたような綺麗な黒髪がさらり、と揺れる。

しかし理知的な青の瞳は決して笑っていない。きっとその奥では飽きもせず策略を巡らせていることだろう。



「――それで、私はどこの令嬢と婚姻を結ぶのです?」


「ファズマレールの公爵家、リリアーヌ・ルゼルヴェイン嬢だ」



よくぞ聞いてくれた、というよりかは、よくぞ折れてくれた、と言わんばかりに王子は身を乗り出してその名を口にした。


瞬間、話が読めてきた。先の戦で勝利を収めた軍事大国といえどオルサーヴは疲弊している。

そこでファズマレールとの交易を新たに広めたいなどと持ちかけたのだろう。


お互いの国力は同等、しかし軍事となるとオルサーヴが格段に上。仮に両国での戦があった場合はこちらに軍配が上がるであろう。

それを恐れてか、もしくはファズマレールの有事の際に軍備を割いてくれとの条件が付けられたに違いない。


その際に自分のことが話題に出されたのか、それともこちらが出したのか――。



「――君の考えていることは大方合っていると思うよ。そのお嬢様なんだけどね、少々問題がありそうなんだ」


「問題、とは?」


「まだ定かではないけどね、どうやら自国で刃傷沙汰を起こしたとか。調べてみたら性格も難アリ、と。所謂君が苦手とするタイプだ」



その言葉に悪寒が全身を駆け抜けていった。忘れようと蓋をした記憶がこじ開けられそうになる。


五月蝿い、黙れ、と己に言い聞かせることで取り乱すことはなかったが、思考にこびりついた不快感は拭えなかった。



「王子、この話は――」


「なかったことに、なんて聞き入れると思う? あの時大人しく自国の娘で妥協しなかったツケだよ、グリュンタール殿」



観念なさい、と王子は飛び切りの笑顔で言い退けた。この王子のことだ、分かっていたこととは言えどあまりにも無情だ。


王子は革張りのソファから立ち上がり机の引き出しから書状を取り出した。立ったままサラサラと何かを記し、判子を押す。――署名でもしたのだろうか。



「もちろんタダとは言わない。戦場を駆けるのが好きな君は嫌がるかもしれないが――、ヴィンフリート・グリュンタール殿。そなたを第1軍部指揮官に任命する」



まだインクが乾いていないから気をつけろよ、と言いながら王子は書状を差し出す。

彼はもう笑っていなかった。王子の、いや、軍部大臣の名を賜る為政者の顔つきだった。


第1軍部指揮官――オルサーヴ王国でトップを誇る軍隊の責任者のことだ。

いくら類稀なる技量を持っていても下流貴族の自分はこの第1部隊の兵隊の頭数のひとつでしかない。一生そこから抜け出せないと思っていた分とんだ出世だ。


しかし腐っても責任者の地位である。剣技ひとつでここまでのし上がってきた自分がとても軍を御せるとは思えなかった。



「案ずることはない。確かに今までとは違って新たに書類仕事を抱えることになるが、優秀な部下を送るから何とかなるだろう。

もちろん今まで通りに訓練に参加しても、戦で先陣を切っても構わない。最低限の仕事さえすれば好きにしていい」



結婚ひとつでここまでの好待遇なら断る理由はないだろう。

何やらとんだ策略に巻き込まれている気がするが、彼の言う通り今まで逃げ回ってきたツケだろう。



「――数々のご厚意、心より感謝致します。ジェラルド様」



跪いてからそう王子へ言葉を述べる。

うん、感謝してよね、と王子は虫も殺せぬような笑顔でそう返した。



「ああ、もう行かなきゃだ。すまないね、任命の件や令嬢の件でもう少し言っておきたいことがあるからまた呼び出すよ」


「お手数おかけ致しますが、何卒よろしくお願いします」



君はお堅いなあ、と苦笑いしながら王子は慌ただしく執務室を辞していった。さて自分も、と言ったところで書状を手にする。


まさか自分があの第1軍部指揮官になる日が来るとは。自分はただ剣を振るうしか能がなかっただけだったはずなのに。人生とは分からないものだ。


自分は今年で30になる。もう暫くは現役でいるつもりだが、その途中でいつガタがきても可笑しくはない年齢になっていく。

国のトップを争う剣豪と褒めそやされるほどだ。現役を引退しても何らかの仕事はあるだろうが、それは確かなものとは言えない。


そんな心情を王子は知っていたのかどうなのか、以前よりオルサーヴの高貴な女と婚姻を勧められていた。


自分に足りないもの、それは絶対的な身分だった。

技量は充分なほどに備わっている。だがそれだけでは石ころ同然の兵士のまま。この国で要職に就くには箔が必要だった。


今後のことを考えれば、この婚姻は渡りに船。王子もこれで堂々と自分に要職を与えることができる。現に自分はこの婚姻を以って指揮官に任命された。あの第1部隊の。

しかし婚姻だ。女と結ばれるのだ。この自分が。


ぐ、と嫌悪感に顔をしかめる。醜い顔がさらに歪んでいることだろう。


王子曰く、観念するしかないのだろう。この話に拒否権は最初からないのだから。

それにあの王子のことだ、その辺の話もきっと対策を練っていることだろう。彼は何故か自分のことを大層気に入っている。


嫌なことを思い出して胃がムカムカするが、自分もそろそろ訓練に戻らなければ。剣を振るえばきっとこの不快感も消えるだろう。

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