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04

さて、まあ、それを致す……いや、婚姻のお相手の話なのだが。


ヴィンフリート・グリュンタール将軍。軍事国家のオルサーヴ王国でかなりの剣豪と言われている男だ。その名声は国をひとつ跨いだ我が国でも知られている。


ではなぜこの話が浮き出たかというと、先日に自国の植民地で起こった戦で大役を果たした褒美だとか。


しかしその男は自国の令嬢との婚姻をことごとく断ったらしい。そこで声をかけたのは我が国ファズマレールだったわけだ。

我が国の要職の娘を渡すから今後とも仲良くしてください、と。まあ、箱を開ければその娘は問題大アリですけどね。


だがひとつ気になる点がある。真理が憑依して大人しくなったから良いものの、これがワガママ娘リリアーヌのまま嫁入りしたらどうするつもりだったんだ?

今となってはもう分からない話だが、あんなに王子様大好きだったリリアーヌが、はいそうですか、と二つ返事で了承するのだろうか。


それに頷いたとしてもリリアーヌの素行が良くなるとはとても言えない。散財し放題、使用人いびり放題の害虫リリアーヌのことを将軍様はさぞお怒りになるのではなかろうか。


つまりは結婚早々に離縁を切り出される。旦那様は血の気の多い戦士でもあるのだから下手したら殺されそうだ。


離縁すればお互いの名誉に傷がつく。殺されれば尚のこと。そして何度も言うがこの結婚は親善の証なのだ。両国の関係にヒビが入るのは間違いがない。


まさかこれを機に戦争、なんて言わないよね?

いや、でも可能性はないとは言えない。そういえば以前のお茶会の噂話で我が国の軍備がどうのとか聞いた記憶が。


――この婚姻、とんでもない陰謀が渦巻いてませんこと?


いやまさかそんな、と唇が引きつる。軽くとはいえ、侍女の手によってしっかりと色をのせられた桃の唇が。


それこそ笑えない話だ。自分が戦争の火種など。尚のこと私は将軍様の元で大人しくしていなければ。

私ひとりの命で話が済むなら喜んで死んでやるが、顔も知らない、何の罪もない人間が死ぬのはさすがに良心が痛む。生憎だがお偉いさんのボードゲームには付き合っていられない。


いや、まあ、それが本当の話なら、なのだが。杞憂に越したことはないのだが。


ふと窓の外に目を遣る。街道の傍に植えられたのであろう木々がゆっくりと流れていく。綺麗な緑色が目の端に映り込んでは消えていく。


――結婚、か。まさか自分がお付き合いをすっ飛ばして結婚とは。人生何があるかわからないものね。


こっちに飛ばされてからまさかの連続だ。きっとそれはこの先も続いていくのだろう。

それが幸運に繋がるのか、不運に繋がるのかはまるで分からないが。


結婚といえば、この手の話ではよく聞くじゃないか。親を通り越して祖父に近い年齢の男と再婚させられるとか、今まで嫁が捕まらないようなブサ……特徴的な顔つきの男と結婚とか。


まあ顔に関してはまだ知らないが相手は先の戦で活躍した将軍だ。

少なくとも中年太りした脂ギッシュなおじさんではなかろうよ。鍛え抜かれた体躯の持ち主だろうよ。いいじゃないか。眼福じゃないか。


だからこの結婚は幸運だ。この幸運が手元にあるのならばこれからの希望が湧いてくる。よし、頑張ろう。


というところで馬車が止まった。相変わらず揺れるがこればかりは仕方がない。



「お嬢様、休憩になさいましょう。お茶をお入れ致します」



クールビューティがそう声をかけてきた。そして馬車の隅に置かれたトランクを広げれば、お茶のセットが出てきたではないか。

彼女はそれらを窓際に置かれていたテーブルに手際よく並べていく。


おお、と心の中で歓喜する。これこそちょっとお上品な旅行に来た気分だ。自分がお嬢様になった気分だ。本当にお嬢様だが。



「でもその前に外の空気を吸ってもいいかしら。身体も少し痛いし、息が詰まってしまって」



と提案する。元々ない頭を珍しくフル回転したせいか頭が痛い。窓も開いていない箱に長時間詰められていたから新鮮な空気も吸いたい。今度出発する時は窓を開けてもらう。


馬車の出入り口に座る。先に降りていたクールビューティは私の靴を履かせてくれた。よくなめされて歩きやすそうな革靴だった。


こんなことをされるのは幼稚園に通っていた頃が最後だったと思うからなんだか恥ずかしい。

自分でやります、と言いたいところだがそうも言えないのが普通。今後うっかり口走らないかが心配である。気をつけよう。


何だか久々に地上に降り立ったという気持ちになる。今朝はまだ寝ぼけ眼もいいところだったし。やっと眠れたと思ったら起こされたのはあの世界のことを思い出す。


空と雲の色は変わらないんだな、と眩しい太陽に手を掴もうとするように伸びをした。

背中と腰が痛い。ラジオ体操とかしたいけど、いっそう奇怪な目で見られそうだからやめておこう。


少し歩くを通り越して軽く走りたい気分だが、グッと堪える。逃げ出したと勘違いされても困るし、そもそもお嬢様は走らない。なんとも息苦しい生き物だ、貴族というものは。


でもここは現実でもあるけれど、私の中ではまだおとぎ話の世界だ。知ってはいるけど見たことのないもので溢れている。


少しだけ、少しだけならいいよね……?


心の中でひとり問いかけて、ひとり納得して、そろりと馬車の横へと回り込んだ。


綺麗ではあるが汚れが目立ちそうな白で塗装された箱。これが私が約2週間ほど生活する拠点だ。王家の紋章がしっかり描かれている。

もう少し先頭に足を向ければ御者が馬を従えるスペース。幌が付いていて雨なら凌げるだろう。


さらにその先には大変重たいであろうこの箱を引く馬がいた。


おお、馬だ! 二頭もいる! むしろ二頭で済むのか!

もうちょっと近くで見てみたいけど驚かせちゃうよね。残念。


すごいすごい、と内心で興奮しながらクールビューティの元へと早足で戻る。少しの時間だけだったはずなのに彼女にはやたらと心配された。


そうして車内に戻ってからは優雅にティータイムだ。窓もしっかりと開けてもらった。


生憎こんな茶葉とかなんとかのしっかりとした紅茶は数えるほどしか飲んだことないが、やはり本場とあってとても美味しい。

こんなの飲み続けていたらティーバッグの紅茶なんて飲めなくなりそう。もう飲むこともないのかもしれないけど。それはそれで悲しいかな。



「――ところで、あなたの名前は?」



カップを片手に私はそう尋ねた。相手はもちろんクールビューティ。

中々訊くタイミングが掴めなかったが、いい加減そう呼ぶのが疲れてきたのでそろそろ名前を教えてもらおうと思う。



「申し遅れました。私、アイリーン・マイヴェスと申します。本日からお嬢様付きの侍女となりましたので、どうぞ何なりとお申し付けください」



クールビューティ、改めアイリーンはそう私に優雅に傅いた。

今度こそしっかり捉えた彼女の瞳は、クールビューティの名に相応しい切れ長の黄緑だった。

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