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いつかの誰かはこう言っていた。恋は落ちるものだ、と――。


いや。いやいやいやいや、ちょっと待った。待った!! 違うんだ私の話を聞いてくれ、リリアーヌ!!

確かに顔の傷やら厳しい表情を除けば旦那様はカッコいいと思う! 周りの言い分がどうであれ、少なくとも私はカッコいいと思う!


でも! だが、しかし! 私はそんな旦那様が怖い! 怖いはずだった! ひと睨みで震えるほどに!


でもそんな、ちょっと笑った顔を見たからって、いきなり手のひら返したみたいに好きになっていいものなの……?


旦那様の顔を思い出してしまって、胸の奥がぎゅー、と締め付けられて苦しい。恥ずかしいのか、嬉しいのか、なんとも言えない感情がせり上がってくる。

ぬあー! と自室のベットの上で縮こまりながら、まるで耳を塞ぐように大きくてふかふかの枕を被った。


違う、違うんだ。のぼせ上がってるだけなんだ。ほら、その、ちょっと弱ってる時に優しくされて撃ち落とされるとか言うじゃない。それと一緒だよ。あとほら、吊り橋効果みたいな。



「恋愛相談室は、あそこしかあるまい」



気の済むまでベットの上を転がった後、ガバリ、と勢いよく起き上がる。

揉みくちゃにされた銀髪はとっくに乱れていたので、手櫛で軽く整えてから衝動のままに部屋から飛び出した。


全力疾走、とまではいかないが淑女にあるまじきスピードである場所へ急ぐ。


昨夜から誰も寄せ付けずにいた部屋からいきなりその主人が飛び出してきて、すれ違った使用人たちは目を剥く。

その中には訓練のために王城へ向かおうとしていたアイリーンも含まれており、彼女が背後で悲鳴に似た何かを叫んだ。


ごめん、お説教なら後で聞くから! と内心で謝罪しつつもスリッパを脱ぎ捨て、素足をそのまま革靴に突っ込む。



「ジョセフのおじいちゃあん!」



そう、行き先はおじいちゃんのところである。彼は女子高生か、というくらい恋バナが好きなのである。

立ち話の話題で彼の恋愛歴もバッチリ聞いていたからこその人選だ。きっと何かいいアドバイスをくれるはず。



「おわっ、嬢ちゃん!? 身体壊したんじゃねえのか!? 屋敷のみんなが心配してるって聞い――なんつー格好してるんだ!」



おじいちゃんは飛びついた私を引き剥がす。かと思えば私の格好を目にした途端、そう怒鳴り散らした。

つられて見下ろせば、真っ白の夜着が目に入る。別にピッチピチでもスッケスケでもなんでもない、至って普通のワンピースに似たようなものだ。


確かに寝巻きで表へ出るのはあまりいただけないけど、そんな怒鳴ることではないと思うのだけど。


首を傾げればおじいちゃんはため息を吐いて、その背後で作業をしていた弟子のテオバルトくんに向き直る。



「おい、テオ! お前はあっち行ってろ!」


「ひゃい! お師さま!!」



耳まで真っ赤にしたふわふわ栗毛にそばかすのテオバルトくんは、おじいちゃんの怒鳴り声に一度飛び上がって脱兎のごとく刈り込みの奥へと消えていった。


なんか悪いことしちゃったな。寝間着とはいえ、結構綺麗なものだったからそのまま来ちゃったけど……。そんなにみっともない格好だったのか。



「あの、おじいちゃん。それより大事な話が――」


「リリアーヌ様!」



それはともかく、とおじいちゃんの節くれ立った手を握って本題に入ろうとして――止められた。この声はアイリーンだ。


彼女は騎士服に身を包んで出かけるので、今は騎士服姿。いつもはメイドキャップに隠れている藍色の髪の毛も陽の下に晒されている。

カッコいいなあ、と普段なら惚れ惚れするのだが今日はそうも悠長なことを考えていられない。彼女の顔が般若のような怒りの形相だからだ。



「アイリーン……、その、おはよう?」



ハァイ、と上目遣いであざとく手を振れば、またそれに気を悪くしたのか彼女は目を釣り上げた。

そうして手にしていた大判のストールを広げて私をぐるぐる巻きにしていく。



「もう、もう! 食事も摂らずで心配していたのかと思えばそんな格好で飛び出して! 一度屋敷に帰りますよ!」


「まあまあ、侍女のお嬢ちゃん。リリアーヌ嬢も何か切羽詰まった用が俺にあるらしいからよ。ここは見逃してくれねえか」



簀巻きもいいとこの拘束具合の上に、手を掴まれて屋敷へ連行されそうなところでおじいちゃんが助け舟を出してくれた。


年長者の言い出しにぐっと言葉を詰まらせたところに乗じて、私も訴えかけるようにアイリーンを見る。

極め付けに、もう城へ行く時間でしょう? と畳み掛ければ彼女は渋い顔ながらも折れてくれた。



「その代わり、話が終わったら屋敷へ戻ってきちんと食事を摂ってくださいね。出かけるのは構いませんが、くれぐれも身嗜みは整えるように」


「そこは俺に任せてくれ。ちゃんと屋敷まで送り届けるからよ」



アイリーンのお言葉におじいちゃんは胸を叩いてそう返した。私も必至に何度も頷く。

そこでやっと納得したのか、彼女はため息を零してからそのまま厩へと歩き出した。彼女は旦那様と違って馬に乗って城へと赴いている。


彼女の背を見送ったところでホッと安堵の一息。かと思いきや、今度はおじいちゃんのお説教が待っていた。



「それにしてもなあ、お嬢ちゃん。侍女ちゃんも言ってたが、そんな格好は誰かに見せるもんじゃねえぞ。ただでさえお嬢ちゃんはべっぴんさんなんだからよ」


「う、ごめんなさい。その、居ても立っても居られなくて……」



ちょっとくらい、と思ったらもうそれしか考えられなくてこんな格好で出てきてしまったが、やはり一呼吸置くべきだったようだ。


アイリーンが縛り付けたストールを少し緩め、その合わせを握る。



「まあ、俺は男だし黙っておくが、それこそご主人が聞いたらどんな顔するか……」



ご主人、その言葉に肩が跳ね上がる。それを見逃さなかったおじいちゃんの目がキラリ、と光った。ほほう、と楽しそうな声を漏らして。



「で? お嬢ちゃん、そんな大事な話ってなんなんだ?」

たくさんのアクセス、ブクマ、ポイント評価などありがとうございます! 本当にありがとうございます!!

活動報告も更新したのでご一読してくださると嬉しいです。

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