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19

「悪魔に魅入られてしまった哀れな子羊よ。安心なさい、私たちがその心を救ってみせましょう」



へえ、こういうのって子羊とか本当に言うんだ。――では、なく。


時は数時間前に遡る。私は旦那様に連れられて城下近くのある場所へ連れてこられた。

今回はアイリーンも同行している。本来は彼女は軍内で訓練中なのだが、私の一大事とあって傍にいることを許されたようだ。


今日ものんびりとジョセフのおじいちゃんと立ち話をしたり、優雅にティータイムを楽しんだり、部屋でちまちまと刺繍を進めたり、と引きこもりライフを満喫しようとしたのだが。


午後になっていきなり旦那様から一緒に出かけるとの連絡が入り、慌ただしく身支度を整えて馬車に乗り込めば行き先はここ。――大きな教会だ。


地に降り立って見上げたそれに、ですよねー、と全てを悟る。


ピクニックから3日後、寝室や私室を含む私がよく出入りする部屋にハーブのような嗅ぎ慣れない匂いが鼻をかすめるようになった。

初めは料理長が何か試作品でも作り始めて、その匂いが屋敷中に充満しているだけかと思った。しかしそれは今日まで毎日続いている。


さらに翌日、旦那様からまさかの贈り物が届いた。透明に近い水色の石のかけらが連なった小ぶりのブレスレットだ。

肌身離さず身に付けるように、というメッセージカードも添えられて。


もうこの時点で、いや、匂いの件で既に直感していたが、旦那様からのプレゼントが決定打だった。


あっ、こりゃ本格的に私の悪魔祓い始まっちまったわ。

まあ、それもそうか。自分や知り合いが悪魔に憑かれた可能性があるならば祓って当然、な風潮なのだから。


尋問とかされたらどう答えようか、などと考えながらドラマや映画に出てくる姿まんまのシスターたちに案内される。

私の素性は既に知らされているのか、それとも旦那様の影響なのか、随分と手厚い対応な気がする。


控え室のような小部屋に通されて、その場にいた先客に目を瞠った。



「やあ、グリュンタール将軍とその奥方。いい天気だね」



と、にこやかに手を振るのは、ジェラルド第1王子。

彼は毎朝遠目で見かける旦那様と似たような軍服姿だった。もちろん、第1王子の方が装飾は華やかだが。



「ご、ごきげんよう。ジェラルド第1王子」



目の前にいる人物がいるとは思いもしなかった者だから動揺して声が少しひっくり返るも、淑女の礼を取りながら引きつっ――にこやかに挨拶を返す。

旦那様も似たように第1王子へ挨拶し、私を用意されたソファにエスコートした。


正面に第1王子、隣には旦那様。助けを求めるようにアイリーンを探したが、ひとりだけ大きく身分の外れる彼女は部屋の隅で空気と同化していた。


――これは本人が知らない内に、とんでもないことになったのではなかろうか。なんで王子が出てくるのよ。


ひょえ、と内心で戦慄しながら2人の言葉を待つ。



「おい、ブレスレットはきちんと身に付けているだろうな?」


「え? ええ、はい。閣下の言い付けですので……」



旦那様に凄まれるように声をかけられて、声音にドキドキしているのか怖い顔にドキドキしているのか分からなくなる。いや、どちらもか。


手首から滑り落ちない程度に左腕を掲げて、旦那様から贈られたネックレスを見せる。


これがただの宝飾品だったならどれほど喜んだことか。それとも逆に不審がっただろうか。

でも旦那様から、と可愛らしく梱包された箱を渡されて、飛び上がるほど嬉しかったことは事実である。



「リリアーヌ・グリュンタール様。どうぞこちらへお入りください」



私たちが入ってきた扉とは別の扉がノックされ、中からまた違うシスターが現れた。微笑む彼女は名前を呼んだ。


実はまだ、その名前には慣れていない。見知った人から呼ばれるならともかく、初対面の人から呼ばれるリリアーヌの名も、グリュンタールの名も。


呼ばれた私だけが席を立って別室に移ろうとする。ひとりだけなのが、少し心細い。

アイリーンと目が合ったが、彼女はついてこないようでやはり部屋の隅で一礼するだけだった。


扉をくぐり、視線を上げる。目に飛び込んできた景色に息を呑んだ。

特に灯りのついていない部屋にしてはやけに明るいと思ったが、それもそのはず、宗教画を模ったような多色のステンドグラスから陽が眩しいほどに射し込んでいる。


その光を背景にひとりの人物がいた。あれが祈祷師様とやらか。

遠目なのと顔がヴェールによって隠されていてよく分からないが、体格からして男性だろう。


一礼して、彼との距離を詰めていく。私と彼との間にぽつん、と置かれた一脚の椅子を目指して。一歩一歩、着実に。


横幅はそこまでないが、天井が高い聖堂のような空間には私と、一脚の椅子と、10段ほど昇ったところに彼と、その脇の祭壇くらいしかない。

彼の背後に神々しく煌めくステンドグラスさえ除けば、だだっ広いそこはひどく寒々しい風景だった。だからこそ、ステンドグラスの美しさかより一層際立っているのだろうか。



「よく来ましたね、そこにお掛けください」



聞こえた声は想定していた歳よりもずっと若いもののように感じて、思わず顔を上げた。

白のヴェールに隠された上に逆光に照らされたその顔はとても判別できるものではないが、かろうじて視覚できる体格は線の細い若者のそれだった。


そんなわけで、冒頭の発言へと戻る。

さて、ここからどう出るべきか――。

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