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「――嬢ちゃん、それって悪魔に憑かれてるんじゃねえか?」



と、サラッと言ったのはグリュンタール邸の庭師であるジョセフのおじいちゃんである。


今はピクニックデートの翌日の昼下がり。

期待した目で昨日のことを訊いてくるおじいちゃんに事の顛末を話したところ、予想外な反応が返ってきた。



「はあ、悪魔ですか」


「そう、悪魔だ」



悪魔って、あれでしょ? 全体的に黒とか紫色で、ツノ生えてて、羽も生えてて、わっるい顔してる妖精さんでしょ? フォークみたいなの持ってる。

この世界はそんなファンタジー感溢るるものが実在すると信じられているとは。



「ファズマレールでは聞いたことないけれど、この国って悪魔は普通にいるのかしら?」


「ああ、ヤツらは弱いものを唆して取り憑いて、生命力を奪って殺しちまうのさ」



おじいちゃんはそう言って薔薇の枝を剪定していく。


旦那様がこの屋敷を賜ったのは春が始まって少しした頃。

それまでは王様のものだったが、別荘地ではなくただ私有地のひとつであったために屋敷も庭も荒れ放題だった。


旦那様だけが住むならともかく、嫁である私が来るとなっては庭も整える必要があるとシュゼットが力説し、おじいちゃんが雇われたのである。

お弟子さんは3人いるので彼らも一緒に雇われて、今は別の場所の手入れをしているようだ。



「私、唆された覚えはないけれど」


「でも嬢ちゃん、こっち来る前に倒れたんだろ? その時に取り憑かれた可能性は大きいぞ」


「そもそもファズマレールで悪魔とか聞いたことないわ」


「そりゃ、嬢ちゃんたちが信じてねえだけだろ。悪魔はずーっと俺たちを狙っているのさ」



悪魔よりも宗教の方がずっと怖いかなあ。高いツボとか買わされちゃいそう。いや、それはただの悪徳商法か。


確かに倒れたのは倒れた。おじいちゃんの話が本当ならそこで取り憑かれた可能性は大きい。

が、私は悪魔に取り憑かれていないと断言できる。


何故なら、最近のような状態は以前からよくある話だからだ。――田辺 真理の時から。


ぼうっと遠くを眺めて、涙を流し。遠くの地面や水面へ身を投げかけては、直前で気を取り戻す日々。

さすがに悪魔のせいとは言われなかったが、何かしらの理由があると散々言われていた。


いくら調べても原因は分からず終いでこの世界に飛ばされてしまったわけだが、私としてはこの世界に飛ぶための奇行だと結論付けた。


が、そうは問屋が卸さない。この世界でも奇行が続く羽目になるとは。



「悪魔、ねえ。どうすれば祓えるのかしら」



効果がないことは分かりきっているが、興味本意で訊いてみる。


そうだなあ、とおじいちゃんは短い白の顎髭を撫でながら、記憶を探るように目線を上げた。



「1番なのは祈祷師にお祈りしてもらうこったな。あとはお守りを持ったり、香を焚いたりとか。善行を積むことも大事とか聞くな」



祈祷師に、お守り、香……。やはり宗教のそれじゃないか。正直、信用できないかなあ。


オルサーヴにも宗教はあるが、国民全員の生活に深く根付いているものではないらしい。

おじいちゃんの口振りから察するに、神よりその悪魔とやらの方が生活に馴染んでいるようだ。もっとも、熱心に神を崇めている人がいないとは言っていないが。


ふむ、と零して私は足元に落ちていた薔薇の葉を1枚拾い上げる。おじいちゃんの落とした葉が風に流されてこちらまで飛んできたのだろう。



「ちょっとやそっとで祓えるものなの?」


「さあな、人それぞれらしい。1ヶ月程度で元に戻るやつもいれば、一生無理なやつもいた」


「悪魔に憑かれたことで周りに影響はあるの?」


「いいや、悪魔に憑かれたのは本人だけだから周りに影響はないさ。ちょっと変わった行動をするから絶対に影響はない、とは言えねえがな」



くるくる、とその葉をもてあそびながら気になったことを挙げていく。


おじいちゃんは鋏を操る隙間で器用に私の質問に答えつつも、てきぱきと仕事を進めていた。

彼が動く度に私はその後を付いて行く姿は、親鳥の姿を追う雛鳥のようだ。もちろん、彼の仕事を邪魔しない程度の距離を保っているが。



「――話してくれてありがとう、ジョセフのおじいちゃん。そろそろ屋敷へ戻るわ」


「おう、こんな老いぼれと話してくれるのは嬢ちゃんぐらいさ。あんまり、しょぼくれんなよ」



薔薇の葉を掴んでいた指を離せば、流れゆく風に乗って暗い緑は一度舞い上がり、そして地面へ下降していく。


作業の手を止めたおじいちゃんは私の方を向いて、そう言ってから歯を見せて笑った。

しかし、最後の言葉は、優しく、励ますような声色で。先ほどの快活な笑みは、柔らかく、どこか悲しそうに色を変えて。



「――ええ、そうね。落ち込んでいては悪魔の思うツボだもの」


「ああ、そうさ。また話し相手になってくれや。俺も仕事が捗るからよ」



その笑顔が、胸に刺さって。想いが伝染しそうになるのを誤魔化すように、おどけるように言葉を返した。


おじいちゃんも鼻の頭を掻きながら、はにかんだ笑顔で、またな、と別れを告げた。

彼に小さく手を振ってから、屋敷へ戻るべく背を向けて歩き出す。


おじいちゃん、昔はモテたんだろうな。扱いが上手な気がする。

私は今の可愛いおじいちゃんが好きだけど。垂れ目がかわいい。なのにカッコいいんだら、もう。


それにしても私が悪魔憑き、か。なんだか嫌な予感しかしないなあ。

おじいちゃんがああ言うってことは、旦那様も私の奇行に対して同じような考えを持っている可能性は大きい。だって彼はオルサーヴの人間だもの。


穏やかな日常はまた暫くお預けかな、と頭の片隅で考えながら、私はシュゼットの用意する紅茶の元へと向かった。

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