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やって来ました、週末。今日はたのしいピクニックでーす。


屋敷の玄関前で空を仰ぐ。今は晴れているが遠くの空では少し雲行きが怪しそうだ。

折角のお出かけなのにあまり長居が出来なさそうなのは残念だが、デートのお相手がお相手なので話を切り上げるきっかけには良いだろう。


そうそう、移動手段ですが普通に乗馬でした。ラブラブな二人乗りです。

馬車なんてお行儀の良いもの、旦那様には似合いませんものね! とは口が裂けても本人には言えまい。


が、私はその乗る馬を舐めていた。明らかに軍馬である。



「私の愛馬のヴィゴールだ。今日はこれに乗る」



厳つい旦那様に相応しい馬だ。名前までも厳つい気がする。

そんなことを思っていたらヴィゴールがブルル、と得意げに鳴いた。あまり褒めてはいないと思うけど。


しかしこの大きな馬では私は自力で登れそうにない。登れたところで乗りこなせるかどうか……。


隣で昼食入ったバスケットを持つアイリーンも不安そうな顔をしている。

そんな私たちの視線に気付いたのか、旦那様は失礼する、と私に一言謝った。


瞬間、ひょい、と身体が宙に浮く。


突然のことに目を剥いたがそれも束の間。視界が高いところで落ち着いた。ワンテンポ遅れて旦那様の気配が私の背中に近づく。



「あまりスピードを上げるつもりはないが、舌を噛まぬように気を付けろ。あとこれを頼んだ」



そう言って、ずい、とアイリーンが持っていたはずのバスケットを押し付けられる。

掛け布の隙間から焼きたてのパンの匂いが鼻を通り抜けた。ぐう、とお腹の虫が鳴いてしまいそうなのを薄い腹筋を使って我慢する。


どうやら旦那様自らの手で私を馬上へ持ち上げてくれたらしい。どうしようか、と考えあぐねていたので助かった。



「では、行くぞ」



ぐっ、と。筋肉で引き締まった腕が私のお腹にまわって引き寄せられる。触れた体温に戸惑った。

が、それよりもなによりも、今までで1番近付いた距離での声に早くも腰が砕けそうだ。背中がゾクゾクする。


忙しい私の脳内のことは露知らず、旦那様は平然と馬を操って目的地へと向かう。

どこへ行くのかは聞いていないが街並みから外れた森に入って行ったので、私がよく散歩に行く王立公園ではないようだ。


私としては初めての乗馬なので、揺れる視界は不安定で慣れない。酔わないように、としっかり前を向いて馬の動きに合わせて呼吸を重ねる。


普段の目線よりもずっと高くて揺れる視界は少し怖いが、穏やかな風を感じるのは心地よい。


そろり、と私は旦那様を見上げた。彼は遠くを見据えて手綱を握っている。

やはりその顔は険しくて怖いけれど、今は目線が合っていないのでそこまでは怖く感じない。


たぶんあの顔で睨まれているのがダメなんだろうな、と自己分析をする。あとはこちらから意識して見れば大丈夫とか。

いかんせん顔を合わす機会が少ないのでまだなんとも言えない。今後も検証が必要だ。


ところで、暗い森を迷いもなく進んで行くが本当に大丈夫なのだろうか。いや、大丈夫なんだろうけど心配になってくる。



「――着いたぞ」



などと考えていたら目的地に到着したようだ。旦那様の声につられて視線を上げて、声を失った。


あの鬱蒼とした森の中とは思えないような別世界がそこに広がっていた。


大きな泉は澄んでいて、ぐるりとその周りを囲う木々が合わせ鏡のように水面に映る。

開けた土地に明るく射し込む陽光は芝生を青々と照らし、キラキラと輝いているようだ。



「綺麗、ですね」



旦那様に馬から降ろしてもらい、神秘的なその光景に目を奪われながら言葉を落とした。

心が震えて、泣きそうになる。鼻の奥がツンとした。


美しいものは、綺麗なものは、決して嫌いではない。ただ、すぐに泣きそうになることが嫌なだけで。

それにしてもまさか旦那様がこんな素敵なデートスポットを知っていたとは驚きだ。評価がググッと持ち上がる。


じわりと滲み出した昏い感情を誤魔化すように馬鹿なことを考えれば、旦那様はテキパキと支度を進めていた。


抱えたままのバスケットのことを思い出して彼に差し出せば、その代わりと言わんばかりに日傘を渡される。



「えっ、と……?」


「まだ昼食には早いだろう。少し見てまわったらどうだ」



こういうの、気にするのだろう? と言われてしまったので有り難く受け取る。

そこまで陽射しは強くはないが、スキンケアの品がない時代だ。今後のことを考えると面倒臭がっている場合ではない。



「ありがとうございます、閣下もご一緒にいかがです?」



旦那様の気遣いに感化されたせいか、自然と誘いの言葉が口を突いて出た。


え、と思ったのは私だけでなく彼も同じようで。鋭い瞳が今だけはまん丸に開いている。

目元の傷痕とちぐはぐなそれが、ちょっとだけカワイイと思ってしまった。


しかしそれは一瞬の話。すぐさま目付きは鋭利なものに変わってしまって、それを見てしまった私は竦みあがる。



「いっ、いえ、何でもありません。ここまで連れてきていただいたのに出過ぎたことを言いました。閣下はどうぞ、こちらでお寛ぎなさって下さい。暫くしたら戻りますので」



早口なことも、声がひっくり返っていることも自分でも分かる。あとひと睨みで震える小心者ということも。


逃げ出すように泉の元へ向かう。今日は動きやすい靴なので転びそうになることはなかった。



「あ、日傘……」



足を止めたところで両手が空っぽだったことに気が付いた。折角受け取った日傘は動揺して落としてしまったようだ。


ここで引き返すのも恥ずかしいし、そもそもどんな顔していいか分からないし。


まあ、いいか、と落ちないように気をつけながらしゃがんで水面を覗き込む。

透き通った水に住まう瓜二つの私の顔は、心なしか青ではなく赤みを帯びている気がした。

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