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予約投稿が1日ズレていたので土曜日にも更新されます。ミスしてすみません。

とんだ厄介ごとを押し付けられたものだと思った。


確かに自分は剣さえ振ることが出来れば構わない、とあのいけ好かない軍部大臣に言った。

それは自分は一生一般兵士のまま、戦へ駆り出される度にこの身を粉にして闘うのだと。そう意味合いで言ったのだ。


だが第1王子はその言葉をそのまま取りやがった。

その腹の中で何を考えているのか分からないが、彼はどうしても私を要職に就けたいらしい。


第1軍部指揮官の職とともに得たものは新たな身分と、嫁である。

しかもその嫁はただの高貴な女ではない。オルサーヴ周辺国のひとつ、ファズマレール王国の公爵令嬢だ。


これが普通の他国の令嬢だったら良かったものの、情報によると彼女は何やら自国で問題を起こしたという。それにもかかわらず嫁いでくるというではないか。


その情報には第1王子もいい顔はしていない。相変わらず顔色の読めない笑顔ではあるが。


ひとまずとしては結婚してから当分の間は距離を置くようにと告げられた。

そして、いつ彼女の化けの皮が剥がれてもいいように監視しておくことも。


元からあの花嫁を手元に置くつもりはなかったので、下手に仲良くするように言われることがなくて本当によかったと思う。

年頃の女を罪人のように監視するのはいささか気が引けるが実際彼女は罪人であるようだし、これも仕事のため、ひいては国のためだ。


ファズマレールから送られてきた彼女の姿絵をちらりと見る。


まず目に飛び込むのが、きっちりとまとめ上げられた白金の髪。ごてごてと華美な装飾で彩られている。

いかにも白粉の塗りたくったような肌は不健康さそのもの。不機嫌さを物語るつり上がった青の瞳は睨め付けるようにこちらを見ている。


整った顔つきではあるが、いかにも高貴な女らしく傲慢さがにじみ出ている。

この姿絵の顔もどこまで盛られていることやら、と呆れるようにため息をついた。


――などと、思っていたのはどこの誰だったか。


定刻通りに指定された王城の一室へ向かおうとしたところでトラブルがあった。

しかしこのタイミングの良さは第1王子の策略だと直感したので自分で対応する。


きっと彼はこう言いたいのだろう。遅刻してきて令嬢の反感を買え、と。


それならば呼び出す時間をズラすなりすればいいと思うが、ここでしっかりとやることを与えるあたり第1王子らしい。


頃合いを見計らって指定された部屋へ向かう。大事な他国の令嬢と婚姻の署名をするのに遅刻をしてきた非礼な将軍として。

とんだ汚名というか濡れ衣だが今更だ。何をどうこう言おうとは思わない。



「遅刻とは礼儀がなっていないぞ。ヴィンフリート・グリュンタール将軍?」



扉を開けた途端、よくやったと言わん顔で彼は言った。目と声色は笑っていなかったが。

するり、と例の女へと目を遣った。正面を向いたままの身体はこちらを捉えることはない。


てっきりもう既に怒り心頭で文句のひとつでも言ってくるかと思ったが、そんなことはなかった。


用意された席へと向かう途中、彼女が視界に入った。目を、疑った。


髪は複雑に結い上っているとはいえ、あのごちゃごちゃとした装飾はほぼない。控えめな金の飾りがひとつふたつ、揺れて輝くだけだ。

頬は恥じらうように薄桃に染まり、こちらを見ない青の瞳は思案するように伏せられたまま。


絵師なんてアテにならないと思っていたが、本当にアテにならなかった。


どういうことだ、と言わんばかりに第1王子へと目を向けたが、一瞬だけ彼は顔をしかめて首を傾げた。

どうやら第1王子もこの事態が分からないらしい。



「では始めようか。我がオルサーヴ王国と花嫁の祖国、ファズマレール王国との更なる発展を祈って」



私たちの動揺を誤魔化すように第1王子はそう言って、本来の目的を果たすように促した。


彼女はふらり、と危なげに立ち上がる。そうしてそのまま危なっかしく足を進めた。

言わずもがな、彼女の身体ごとよろめいて床へと傾ぐ。私は咄嗟に手を伸ばして彼女の身体を引き寄せた。


ぐっと距離の近づいた身体からはきつい香水の匂いや白粉のあの独特な匂いはせず、ふわりと花の香りが微かに鼻腔をくすぐる。


そして、目が、合った。


銀の睫毛に縁取られた青の瞳は今や大きく見開かれ、まるで驚いた猫の瞳のようだった。

紅の引かれた唇が、あ、と声を漏らした形のままで私の目に飛び込んでくる。


しかしそれは束の間。彼女のほんのりと色付いた頬は私の顔を見るなりサッと色を失くし、怯えるように表情を強張らせた。


――ああ、彼女もか。いや、それもそうか。それが普通の反応だ。


そこで私の中でがらりとイメージの彼女に、自分が密かに期待していたことを思い知って恥ずかしくなる。


泣き出すか、逃げ出すか、気絶するか、と考えたところで彼女はそのどれにも当て嵌らなかった。

彼女は気丈にもぎこちなく微笑み、礼の言葉を述べたではないか。


それが、ぐさりと、心臓に刺さった。なんとも言えない感情がぐるりと胸の中心を彷徨う。


まだ震えているであろう脚を動かし、彼女は白い手で羽ペンを握った。私もそれに倣ってペンを手にする。

チラリと彼女を窺えば、まだ青褪めた顔でも真剣に名を記していた。


隣り合った背は大きく違えてる。決して彼女が小柄なわけではない。自分が大きすぎるゆえに彼女の背がより小さく見えるのだ。



「おめでとう。2人の門出を祝福するよ」



私たちの名前が確かに署名されたことを確認した第1王子がにこやかに言った。


さて、これからどうするべきか。ひとまずは第1王子と意見のすり合わせだ、と彼を見遣れば彼もまた頷いた。


彼女があの屋敷へ住まうのは明日から。まだ、時間はたっぷりとある。

この胸のもやも、きっといつものように剣を振れば消えることだろう。

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