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切符〜桜猫に捧ぐ文学〜

作者: 佐澤 会

 改札機なんかなかった頃。チョキンって小さな道具で花びらみたいに切られていた切符。切られた片割れはどこへ行ったんだろう?


 対して暑くないのに、日差しだけがやけに強い日だった。白けたブロック塀を背に、目の前を健康そうなキジトラ柄の猫が横切った。耳の先が切れ、切符になっている。

彼はどこへいくのだろうか?(おそらく顔つきからして雄だろうと思った)

警戒心が薄いのか、こちらも逃げられないように気をつけてはいるけれど、全く変わらぬ足取りで進んでいく。

迷いがないほど、彼の道ははっきりしているらしい。

彼はどこへいく切符を手に入れたのか?

さらに気になる。

ふと、進む足を止めたのは私の方だった。足元から先へ先へと崩れていく落とし穴。いや影だった。真昼間から、赤暗い光が照らす夕闇へ時は移ろっていた。おかしい。午後2時過ぎにキジトラを見かけて・・・。考え始めた矢先に気がつく。

彼がいない!

ちょうどキジトラのいたあたりに人がいた。ああ、彼は来た人に驚いて逃げてしまったのだろうか?

聞いてみようか?せっかくここまで追って来たのだからもったいないように思われた。猫がどこへ行ったか聞くなんて躊躇われるが。逆光で黒く塗りつぶされた人影に早足で近づいた。

「あのう」

ふと持ち上げた私の手はそれ以上動かなかった。帽子の端と思い込んでいた部分が、角度が変わり露わになった。切符が、花びら形に切られた切符が頭についている。

彼の行く先をどうしても知りたくなった。


彼は曲がってすぐのあばら家の暖簾をくぐった。私は門とあばら家の隙間に体を入れ裏へまわり、そこの窓から中を見た。

中は行列だ。イライラと尾を執拗に振るう者もいる。「冴縞さん!」

甲高く響く声の先を見ると、切符のない黒猫(先ほどの夕闇の逆光の中のように)が和紙らしき紙片を爪で引っ掛けて、叫んでいた。

「間斑さん!三井毛さん!」

呼ばれたらしい猫らが行列から抜け出ると、同じく切符のない白猫の前へ行き、頭を下げている。(何をしているんだ?)

「冴島さん・・・」

白猫の目の前にいるのは確か追いかけていたキジネコと思われた。いやそうだろう。切符の裏側が黒い。

白猫はその切符に何かを近づけた。菱形、ダイヤの形の・・・。私は目を見開いた。

しっかりと切符に合うではないか。切符に片割れはここにあったのだ。

「ああ、確かに冴縞さんですね」

白猫はほっと胸をなでおろしたように言い、目を細める。そして冴縞は白猫の後ろの障子を開けて行ってしまった。

ああ、あの切符は通行手形、割符だったのか。

私はあばら家の壁に背中をつけ腰をずずずと下ろした。背中からは何か楽しい音が聞こえて来たが、それはなんだかどうでもよかった。

目をとじると、大きな座敷に所狭しと詰め込まれた猫らがやんややんやと喝采をあげ、鳴り物お芝居と盛り上がる様子が映し出された。


ゆっくり目を開けると、たくさんの目が私を見ていた。驚いて立ち上がると、それは満点の星空だった。盛大なくしゃみをし、振り返ると、そこにあったのは、あばら家なんてものでもなく、道角の窪みにこじんまりと建てられた小さな祠だった。祠に絡むように無理やりアスファルトとブロック塀の間から生えた木には真新しい研ぎ痕が残っている。頬に手をやればそこにも。私は走り出してた。よく知った道をまるで新参者のように。

背後では見逃してあげると言わんばかりに、月が目を閉じている。


                                               了

猫の小さなシェルターで猫さんのお世話をしています。猫は本当はどう思っているのだろうなあ・・・。切った方はどうなったのか? 昔懐かし切符切りがリンクしました。こんなこともあるものですな。

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