チョコレート中毒
K叔母へ捧ぐ。
いつからだったろう。
とまらなくなったのは。
ファミリーサイズのチョコレートの大袋を抱え込み、貪るようにがっつく私。
その時の私の姿は傍目から見たら異様だっただろう。
「みゆちゃん、大丈夫?」
たまたま遊びに来た従姉妹のともみちゃんが不安そうに私の顔を覗きこんだ。
今思えば、私は何かに憑かれていたんだろう。
不安、孤独、寂しさ、痛み、苦しさ。
果てない黒い渦の中から逃げ出す手段。
チョコレートは私を救うツール。
麻薬のようにやめられないんだ。
気づいたら、チョコレートの包み紙が山となって散乱している。
大学三年になったばかりの春。
私は急に外に出るのが恐くなった。
ゴールデンウィーク、大学の親しい仲間と河原でバーベキュー。
なんとなく行きたくない気がした。
それからは坂道を転げ落ちるように、私の心は病んでいった。
そして、大学を一年間休学して、ようやく快復した時には、私はひとりぼっちだった。
そんな私の心の隙間を埋めてくれたのがチョコレート。チョコレートを口に入れているときは気持ちが落ち着いた。チョコレートが手離せなくなっていた。
大学に復学してそんな毎日を送っている内に夏休みになった。
叔母から従姉妹のともみと二人で遊びにおいでと誘いがあった。
私は、三姉妹の長女である母親の次妹であるこの叔母が殊に好きだった。
いつもにっこりと笑みを絶やさず、ゆったりとした美しい女だった。
従姉妹のともみちゃんは妹のように気心知れた存在だったし、あまり気乗りしなかったがリハビリを兼ねて二人で叔母の家に泊まりに出掛けた。
叔母は例のごとく、ゆったりと微笑んで、昼間は神戸へショッピングに、夜は食べきれないほどのご馳走で私達をもてなしてくれた。
その夜、ふかふかの布団で従姉妹のともみちゃんと並んで寝ていた私はふと目が覚めた。
「チョコレート…。」
持参したかばんの中をがさがさとまさぐる。
その時、すっと襖が開いた。闇をすかして見ると背の高い叔母の姿が見えた。
「みゆちゃん、喉渇かへん?お茶いれてあげるからおいで。」
とやさしく手招きして一階のダイニングキッチンへ促す。
急なことに気勢をそがれた私はチョコレートを欲していたこともすっかり忘れて叔母の後をついていった。
丁寧にいれたお茶はとても美味しく、ごくごくとお茶を飲んでいる私を見て叔母はゆったりと笑って言った。
「みゆちゃん。幸せになりや。」
その言葉を聞いた途端、私の眼から涙がつーっとこぼれた。
その夏の日、私はチョコレートとさよならした。
過去の思い出を紡いで書きあげた短編小説です。ご一読いただきありがとうございました。
石田幸