1.4 レッサーゴブリン討伐依頼
スーカナの東門から20分程歩いたところにある農村の畑がレッサーゴブリンに荒らされているので、そのレッサーゴブリンを討伐して欲しいということだった。村人の話によると農村の北の森からレッサーゴブリンがやってくるということだ。辺りに注意しながら僕らはレッサーゴブリンのキャンプを探す。途中に依頼されていた薬草があったので回収しておく。不足していたと言っていたし、少し多めに持って帰ろう。
「ノエル、草なんかで遊んでないでちゃんとゴブゴブ探して!」
「遊んでたわけじゃないよ。あんまり大きな声出すと見つかっちゃうよ。」
ユリカが大声を出すので注意していると、森の奥から悲鳴が聞こえた。僕達は互いに頷きあい、悲鳴が聞こえた方角に向かって全力で走る。走りにくそうな靴を履いているくせにユリカの方が僕より少し速いのは納得がいかない。が、今はそれどころではない。悲鳴が聞こえた方角は北だったので、おそらく畑を荒らしているレッサーゴブリンに襲われているのだろう。
「ノエル速く。女の子がゴブゴブに襲われてるわ。敵の数は5。私が注意を逸らすからいつも通り後ろから回り込んで1匹ずつ仕留めて。」
そういうと、ユリカは更にスピードをあげた。レッサーゴブリンの手には木で作られたハンマーのような物が握られていた。そして、そのハンマーはまさに、女の子に向かって振りおろされるところだった。
危ない!そう思った時、ハンマーを振りおろそうとしていたゴブリンのこめかみに傘が刺さった。その光景を見た他のレッサーゴブリンは後ずさり、距離を置いた。どうやら、ユリカが傘を投げ飛ばしたらしい。まさか当たるとは本人も思っていなかったらしく、命中したことに驚いている。女の子のところにたどり着いたユリカはレッサーゴブリンから傘を引き抜き、残りの4匹と向き合う。その間に僕はレッサーゴブリン達の背後に回り込むことができた。
「あらあら、ゴブリンさん?可愛い女の子1人に対して5匹で襲いかかるなんてみっともないわね。」
ユリカがレッサーゴブリンの注意をひく。レッサーゴブリンは人族の言葉を理解できないはずだが、ユリカの方を睨みつけ奇声を発している。レッサーゴブリン達がユリカに気を取られている隙に、僕は3匹から少し離れたところにいるレッサーゴブリンの心臓を後ろから短剣で突き刺した。が、レッサーゴブリンが悲鳴をあげたため、他のレッサーゴブリンに気づかれた。
「ちょっとノエル!何見つかってるのよ!このバカ!役立たず!ほんっとー使えないんだから!」
と毒づきながらもこちらに気を取られているレッサーゴブリンの心臓を一突きで葬り去っていた。
「そんなこと言ったて仕方ないじゃないか。」
僕達は残りのレッサーゴブリンと一対一で向き合う。ユリカの方は既に戦闘が始まっているが、やはり一筋縄ではいかないようだ。ユリカならなんとか倒してくれるだろう。問題は僕の方だ。僕は目の前の敵に集中する。レッサーゴブリンは僕が集中するのを待っていたかのように肩から突進してきた。思ったより俊敏で、突進を躱すことで精一杯だ。何度目かの突進を躱すと、土に足を取られてしまいその場に転んでしまう。すぐに立ち上がろうとするがそこには既にハンマーを振りおろそうとしているレッサーゴブリンがいた。ユリカもまだ戦闘中で傘とハンマーがぶつかる音が響いている。僕がここで死んだらきっとユリカも殺られてしまうだろう。一対一でもやっとなのに、一対二になってしまうのだから。ユリカごめん。そう心の中で呟く。
「ダァメェ〜〜〜」
女の子の声が響き渡る。その瞬間レッサーゴブリンが注意が背後に向く。その隙を見逃さず、レッサーゴブリンの喉を短剣で掻き切る。傷口から鮮血が飛び散り僕は頭から血を被った。死を覚悟したためか、鮮血を被ったためかわからないが、僕の体は膝を地に着いた体勢で固まってしまった。向こうの方からはまだユリカが打ちあう音が響いている。はやく助けにいかないと、頭ではわかっているはずなのに体が動かない。どうして?動いてよ!動いてよ!今動かないと僕は僕は……。
どうやら、僕はあのまま気絶してしまったらしい。目をさますと傷だらけのユリカとフードを深く被った女の子が隣で話し込んでいた。
「ノエル!あんた大丈夫なの?ゴブゴブ倒して戻ってきたら倒れていたから心配したじゃない?外傷は無かったみたいだけど血だらけになってるしびっくりしたわ。」
「う、うん。僕にもよくわからないんだけどレッサーゴブリンの喉を掻き切った後、急に体が動かなくなってそのまま気を失ったみたいなんだ。ところでその子はレッサーゴブリンに襲われていた子だよね?」
「は、はじめまして、わたしはリナ、です。助けていただいて、ありがとう、ございます。」
リナの声は震えていた。あんな体験をした後だし無理もない。そういえば、あの時大声を出してレッサーゴブリンの注意を引いてくれたんだよな?もし、注意をそらしてくれなかったら、為す術もなく死んでいただろう。
「こっちこそ、危ないところ助けてもらったよ。ありがとう。」
「えっ?何?助けに入ったくせに逆に助けられたの?」
ユリカが呆れてどうしようもないという顔を向けてくるので、苦笑いを返しておいた。
「ねぇ?リナはなんでこんなところにいたの?」
この言葉に反応したのはリナではなくユリカだった。
「ん?ノエル、あんたは毎回そんな質問をするの?私の時もなんでこんなところにいるかみたいなこと聞かれた気がするんだけど?新手のナンパか何かなの?」
「そんな訳ないだろ?偶々だよ。よく考えてみてよ。冒険者でも街の外には、ほとんど1人で出歩かないのに、女の子1人でいたらおかしいと思うよね?普通。」
「んー言われて見ればそうかも知れない。まぁーそんな事はどうでもいいわ。あんたが気を失っている間にリナから聞いたことをあんたにも話すわ。いいわよね?リナ。」
どうでもいいってユリカが言い始めたことなのに。
ユリカはリナに確認を取ってから彼女の事を語り始めた。リナは18歳の鼠人族、身長は160センチだという。リナが深くフードを被っているのは獣人だからだった。昔、人族は獣人を差別していて、奴隷として扱ってきた歴史があり、その名残がまだ残っている地域があるのだ。リナはその地域から逃げ出してきたようだ。さっき声が震えていたのは僕が人族だから怖かったのかもしれない。
「それで今後の事なんだけど、リナを私たちのパーティに入れようと思うの。面倒くさいから詳しい事はおいおい話すとして、リナは奴隷なの。なんやかんやで主人が死んで野良奴隷になってるんだけど今のままじゃ色々と危ないらしいから奴隷契約してあんたの奴隷にしなさい。」
「えっ?なんで僕なんだよ。ユリカが契約すればいいじゃないか」
ユリカは、何を言っているんだ?とばかりに口を開けて呆けている。
「あんたバカァ?人族に慣れさせるためにはあんたと契約した方がいいに決まってるじゃない。それに、あんたみたいに弱っちいやつには護衛が必要でしょう?」
ユリカが、捲し立てるように言う。とても納得し難い事だが、僕が弱いのは事実だし、死にかけていたと聞いたら戦力の補強が必要と考えるのはわかる。でもユリカに言われると無性に腹がたつのは何故だろうか?
「ご、ご主人様、やはり、私みたいな鼠人族の奴隷は嫌なのでしょか?」
リナがフードを外してにじり寄ってくる。彼女の頭には丸い耳がついていた。
「い、いや、そんな事はないよ。リナさえ良ければ喜んでお願いします。……、それはそうと、あの〜?近くないですか?」
ノルエールには同じ年頃の女の子は妹ぐらいだったので女性の免疫がない。さらにリナの顔は整っておりとても可愛いので、あまり近くにこられると、緊張や恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。
「えっ?きゃぁぁぁ!す、すいません。ご気分を害するつもりは無かったのです。すいませんでした。」
リナは悲鳴とともに凄い勢いで離れていき、何度も謝罪してくる。そんな勢いで離れられると拒絶されているみたいで逆に傷つく。いや、もしかしたら本当に拒絶されているのかも知れない。彼女の過去を少し聞いただけでも、凄く苦労したことがわかるし、人族が獣人にしてきた事も知っている。だからこそ、今の彼女がどんな気持ちでいるのか、僕にはわからなかった。
「大丈夫、大丈夫。謝らなくていいから。少し近くてびっくりしただけだから。取り敢えず奴隷の契約はするけど、自由にしていいからね?奴隷として扱うつもりもないからね。」
「は、はい。」
リナは複雑そうな笑みを浮かべながらも肯定した。産まれてから今まで、ずっと奴隷だった彼女にとって、奴隷以外の生き方がわからずに困っているのだろう。これから少しずつ教えていけばいいだろう。ユリカもいるし大丈夫だよね?
「はいはいはい。そろそろ良いかしら?流石に目の前で堂々とイチャつかれると困るんですけどー。イチャイチャするのは良いけど時と場所を考えてよね。」
ユリカの方を見るとジト目で睨まれた。
「べ、別にイチャついてたわけじゃないから。話し聞いていたんだからそれぐらいわかるだろ?」
「はいはい。わかったからそんな動揺しないでよ。さぁっ、はやく契約してちょうだい。」
ユリカに促されリナと奴隷契約する。契約のために僕は指先を短剣で軽く切る。傷口に浮かんできた血をリナの奴隷の首輪に垂らせば契約完了だ。
「よし、これで契約は終わったね。3人に増えたし、取り敢えずお金を貯めないとね。」
奴隷を解放するためには特別な術式が必要で、術式が使える人は少ない。そのため、奴隷解放するためには結構お金がかかる。お金をかけてまでわざわざ奴隷を解放する者はほとんどいない。また、奴隷契約にも同じようにお金がかかる。しかし、今回のように奴隷の主人が死んだ場合は首輪に主となる者の血を垂らす事で簡単に契約できてしまう。だから、リナを保護するためにも奴隷契約が必要だったのだ。