到着 → フロンティス
空はからりと晴れ、実りの匂いを含んだ晩秋特有の爽やかな風が頬を撫でる。馬車はあまり整地もされていない、でこぼこした道をごとごと進んでいく。
周りには一定の敷地ごとに、腰くらいまでの柵で囲まれた畑がいくつも広がっている。どうせなら全部つなげてしまえばと思うけど、畑の所有者の区別にもなるし、こうしておくことで外から魔物が押し寄せてきたときに進軍速度を遅滞させる効果もあるらしい。
「ほら、見えてきたよ。あれがフロンティスの街壁だ」
辺境の村との定期便を仕事にしている初老の商人ムタさんが御者席から声をかけてくれる。その声に僕たちは幌の隙間からそろって顔を出す。顔を出した先の畑で作業をしていた人が、馬車からにょきにょきと頭が出てきたことに「ぎょ!」としていたから悪いことをしたかも知れない。でも、とうとうたどり着いたフロンティスを少しでも早く見たいんだから仕方ないよね。
頭を捻って進行方向に向けると、そこにはずっと憧れていたフロンティスが見えていた。
「凄い……あんなに壁が高いのに木じゃなくて石だ」
「フロンティスはダンジョンの密集地に作られた街だからね。いざというときには魔物たちから街を守れるだけの壁が必要なんだよ」
僕が漏らした驚きの声にムタさんが笑いを含んだ声で応えてくれる。
確か父さんから聞いた話だと、フロンティスは辺境都市という名前のほかに、迷宮都市とも呼ばれていると言っていた。街の中だけでもふたつのダンジョンがあって、街のすぐ外にもひとつダンジョンがあるらしい。
「このへんは力がたくさんあるよ」
僕の隣でにこにこと景色を眺めていたメイが教えてくれる。つまりこのあたり一帯は、この世界の力が集約しているってことなのかな? だからダンジョンが生まれやすい? たぶんフロンティスでの作物がよく育つといわれているのもそれが理由だと思う。メイと知り合わなかったらそんなこと気が付きもしなかっただろうけど。
「あとはこの坂をくだっていけば北門に到着だ。今回は助かったよ、ここのところ街道に魔物なんて出てなかったから護衛を付けなかったんだけどねぇ。やっぱり失敗だったよ。たまたま君たちを乗せていて本当によかった、腕のほうも確かだったし、さすがはセインツさんが紹介する冒険者だ」
御者席からムタさんが僕たちにお礼を言っている。別にセインツさんからの紹介っていっても、冒険者ギルドに新ダンジョン発見を知らせる報告を持たされているだけで、実力を買われているわけじゃない。 でもたまたま僕たちの戦いを見たムタさんは王級冒険者であるセインツさんの関係者だということで納得してしまったみたい。
あの辺境の村からここまで、予定通り三日間の行程だったけど途中で二度ほど魔物に襲われていた。出てきたのはゴブリンが三体と、五体。どちらもレベルは低かったし、めぼしいスキルもなかったからサクッと倒して魔晶を回収、死体はタツマに処理してもらった。
魔物がでたことに関してムタさんがいうには、近くにダンジョンがあってそこから溢れてきた魔物かも知れないと言っていたけど、多分これはメイのダンジョンから溢れていたゴブリンがこっちにも流れてきてたんじゃないかな。
本当にダンジョンがあったとしても、街からある程度距離が離れたダンジョンはあまり人気がなくて放置されがちのようで、定期的に間引きの依頼が冒険者ギルドから出されるとのこと。
「もしかしたら、間引きの時期なのかも知れないね。私からギルドに話をしておくよ」
そんなことを話しているうちに馬車はとうとうフロンティスに到着して、街に入るための手続きの列に並ぶ。
「ムタさん、僕たち街にくるのは初めてなんですが、街に入るのになにか必要なものはありませんか?」
「そうか、君たちはフロンティスは初めてか。冒険者になるために村から出てきたんだったね」
「はい」
「でも、心配はいらない。基本的には街への出入りは自由だよ。ただ住民以外は月に一回、通行料を支払うことになるね。だけど、冒険者ギルドで登録してカードを作ってもらえば、月に一度以上依頼をこなせば通行料は免除されるから」
新人冒険者を研修施設のある村まで送迎しているだけあってムタさんはこのへんの事情に詳しかった。
「【鑑定】で調べたりしないんですか?」
「身分証を発行するところにはだいたい【鑑定】もちの職員がいるけど、さすがに門番にまで配置はしないよ。鑑定能力のついた魔導具は高価すぎて門に置いておくのは物騒だし」
なるほど……念のために僕たちの全員のステータスに【統率】をつかって常に【偽装】をかけているけど、まだ【偽装】はレベル1だし【鑑定】される機会は少ないほうがいいから助かる。
「今回は君たちの通行料は私が払うから安心していいよ。魔物から馬車を守ってくれたお礼だ。普通の護衛料よりもぐっと安いから申し訳ないけどね」
「いえ、ありがとうございます。もともと乗せてもらうだけの約束ですし、魔物を倒したのは自分たちを守るためでもあったので、かえってこちらこそ申し訳ないです」
「いいんだよ、強いのに礼儀正しくて、間違いなく将来が有望な冒険者の卵に対する投資みたいなものだよ」
「ありがとうございます。僕たち頑張って凄い冒険者になりますから。そのとき誰かに聞かれたら、僕たちはこの街にきたときはムタさんの馬車に乗ってきましたって言います」
「ははははっ! それはいいね。期待しているよ、リューマくん」
ここまでいわれてしまったら断るのはかえって失礼になっちゃうもんね。ムタさんが誇れるくらいの冒険者になって恩は返せばいい。
そのあと順番がきて、ムタさんにひとり銀貨二枚、従魔一体につき銀貨一枚。合計金貨一枚を支払ってもらって無事にフロンティスの街に入ることができた。
「うわぁ! 高いなぁ……」
「うん! 下から見ると凄いね、りゅーちゃん」
街を囲む石壁はたぶん十メルテくらいはある。普通に作るのはきっと無理じゃないかなぁ。もしかしたらシルフィの土の【精霊魔法】みたいに【土術】とかが得意な人が作ったのかも。
『あんまりきょろきょろすっと田舎者だってバレて、絡まれやすくなるぞ』
『きゅきゅん!』
わかってる、気を付けます。自分からトラブルの種を蒔くつもりはないよ。
「リューマ様。ムタさんから冒険者ギルドの場所を聞いてまいりました」
「うん、ありがとうシルフィ。じゃあ、いこう!」
自分の店へと帰っていくムタさんを手を振って見送ると、僕たちは街を振り返る。
そこにはポルック村の村人全員を集めてもまだ足りないほどの人たちが、思い思いに歩いている。僕たちは今日からここで冒険者として暮らしていくんだ。ようし、やってやるぞ!
………………と、とりあえず。はぐれないように全員手をつなごうか、な?




