燃える → ポルック村
どこか半信半疑なリミを引き連れ全力で村への道を走る。出来ることなら僕だってタツマのドッキリであって欲しい。ドッキリとしてはかなり悪質だが、村と皆が無事なら一度は許してやらないこともない。
『きゅん！』
僕の前を行くモフが走りながら鳴き声を上げる。どうやら行く先に飛び跳ねている緑色のスライムを見つけたらしい。
「タツマ！」
『すまん！足が遅くて連絡が……』
モフとすれ違いざまにモフの頭に飛び乗ったがそれが最後の力を振り絞ったジャンプだったらしく、いつもよりとろりとした張りのないボディのタツマ。くっ……ここまでしてタツマが嘘を吐く理由がない。
「どうなってるの？」
『はぁはぁ……あぁ、どうやらあの行商人は人魔族らしい』
人魔族？……そんなの今はお伽話の中でしか聞かないような伝説の種族じゃないか。昔話の中じゃ魔人族とか魔族とか呼ばれることが多くて、大体話の中では全ての人類の敵として描かれている。人魔族という名称は村で最年長の村長さんが僕やリミにお話を聞かせてくれた時にうんちくの１つとして教えてくれた。世間的にはあまり知られていない呼び方らしい。
「なんでそんなものが……」
呆然と呟いた僕の言葉を爆発音が打ち消した。
「きゃあ！…………え？……あ、あぁ……本当に、村から煙が」
「くそ！父さんならレベルで負けてても１体くらいなら！」
全力で走っている筈なのになかなか近づかない村に苛立ちを感じつつも、それでも父さんならと思う。特に母さんと２人で戦う時は本当に父さんは強い。きっと僕達が着いたら『やれやれ、また家を建て直さなきゃな』なんて言いながら皆と笑っているはずだ。
『……リューマ。実は、あのボインのハイエルフなんだが、どうも人魔族の闇魔術で精神支配されているらしくてな』
え……彼女はエルフじゃなくて、ハイエルフだったの？それに精神支配？……そうか、きちんと鑑定する前にリミに連れ出されたから状態の確認までは出来なかったんだ。
『それでな、あの時出していた香炉、あそこで焚かれた怪しげな草とあのハイエルフが持っていた光術魔法の組み合わせであの辺りにいた村人達はたいがい麻痺してるんだ。あの後すぐにお前の親父もあそこに来てたから多分……』
…………う、うそだ。と、父さんが、戦えない？そんなの勝ち目なんて！
くそ！くそ！早く動け足！仮に何も出来なくても、僕だって！
「僕だってポルック村の一員だ！みんなの為に何かをするんだ！」
「りゅ、りゅーちゃん……うん、うん！私だっていっぱい訓練したんだもん。何かが出来るかもしれない。お父さんやお母さん達を皆を助ける！私だってポルック村が大好きなんだから！」
『きゅきゅん！』
『よく言った！俺も出来る限り力を貸すぜ！スライムだけどな！』
僕達は黒煙を目指して走った。これだけ無茶な走り方をしたら苦しくなってもおかしくないのに、息は上がっても苦しいとは思わなかった。それは多分リミも同じ。苦しいと感じるよりも焦燥の方が上回っていたんだ。
「ああ！北門が！」
やっとたどり着いたポルック村の北門は無残に崩れ落ち、ところどころに火が燻っていた。多分タツマが言っていた魔物の火のブレスの余波でも受けたのだろう。
僕達は乗り越えらえそうな部分を見つけて北門を乗り越えて言葉を失った。
「ポルック村が……燃えてる」
僕のスキルで強化された目は【遠目】で【俯瞰】でポルック村の惨状を容赦なく視界に放り込んでくる。西門の方に赤い炎に包まれた小象程もある獣が見える。そしてその獣の方から北門の方へと一本の道のように穿たれたブレスの跡が見える。逃げ惑う村の人達が見える。
ブレスが直撃したと思われる経路の家屋は既に形を留めていない。家の中にいた人達は絶望的だろう。
周辺はブレスの余波なのか炎に包まれつつある。ブレス跡に下半身を炭と変えたサムスさんが見える。北門の見張り櫓が倒され、上にいたらしいホクイグさんが落下の際に投げ出され、あり得ない方向に首を曲げて横たわっている。燃えて崩れた家屋の下に僕が作った揺り椅子の部品と一緒にネルばあちゃんの足が見える。
こんな、こんなことが……ほんの１時間前までは皆、いつも通り笑っていたのに。
『リューマ！しっかりしろ！まずはお前の親父さん達を探すんだ！もしあいつをなんとかするなら親父さんの力が必要だろ！』
はっ、そうだ！父さんと母さんを探さなきゃ。守護者とその伴侶である父さんと母さんは絶対にあのフレイムキマイラに立ち向かっているはずだ。僕も行かなきゃ。
「リミ！僕は父さんと母さんを探しに西門に行く。リミは逃げている人達を東門と南門に誘導して！おじさんとおばさんも心配だと思うから探しながらでいい！」
「……」
返事が無いので振り返ってリミを見てみると、口に手を当て青い顔をしたリミがぶるぶると震えていた。
こんな状況を目の当りにしたら無理もない。僕だってタツマが発破を掛け続けてくれていなければ座り込みそうだ。でも今は、こんな時だからこそしっかりしなくちゃいけない。
「リミ！」
「にゃはい！」
リミの顔を両手でパンと挟み込み、顔を近づけて声を掛ける。
「村の人達を東門と南門へ誘導、おじさんとおばさんの捜索。いいね！」
「う、うん。分かった。りゅ、りゅーちゃんは？」
「僕は父さんと母さんを探して、あいつをなんとかしなきゃ。行って！」
「はい！」
なんとか持ち直したリミが逃げ惑う村人達に声を掛けながら東門方面へと走っていく。僕も早く行かなくちゃ。
『リューマ、【隠密】は全開にしておけよ。モフと俺にもな。近づく前に焼かれたらまずいからな』
「言われなくても分かってるよ！行くよモフ、タツマ！」
