知識 → 対応
こいつの言うことを鵜呑みにするのは危険だが、少なくとも瓶の中のスライムでいる限り直接的な危険はないはず。それなら、少しでもこの状況について聞けることは聞いておいた方がいい。
「わかった。じゃあ話せ」
『え?何を?』
いらっとしたので瓶ごと持ち上げて窓の外に向かって振りかぶる。
『いや!待て待て!わざとじゃないから!【鑑定】の話をしてたらちょっと忘れてただけだって!』
「……」
『えっと……なんだっけ……あぁ!そうだそうだ、思い出した!お前のスキルの話だ。お前もしかして変な知識が流れ込んできて混乱してねぇ?』
「……どういうことだ?」
『まあ、これから話すのはあくまでラノベに基づいた推測だからそのつもりで頼む』
悔しいがこいつの言うとおり、少し困惑しているのは間違いない。こいつの言う推測程度でも情報が欲しい。なので俺はとりあえず頷いておく。
『とりあえず最初から行くか。中2で厨2な知識を持ってるお前ならもう理解できると思うが、俺は地球と言う星に住んでた異世界人だ。トラックってわかるか?わかるな。それに轢かれて死んだと思ったんだが、気が付いたらお前の中に転生している途中だった』
なんというテンプレ。脳裏に浮かぶあの大きな獣は転生の魔法陣でも内蔵しているのだろうか。俺の中にある厨2の知識の中にトラックに轢かれて異世界転生のパターンが数えきれないほどある。
『その結果は、残念ながら……というとお前には怒られそうだが、お前の特殊なスキルと機転のせいで転生に失敗してここにいる訳だ』
これは俺も体験したことだから分かる。黙ったまま先を促す。
『で、この辺からが推測だが俺と言う存在をお前に上書きする際に、俺の持っていた基礎知識が一部お前に書き込まれたらしい』
「どういうことだ……お前の記憶が俺の中にもあるということか?」
『いや……多分違う。お前は俺の名前を知らなかった。俺の記憶が書き込まれたなら俺の名前を知らないのはおかしい。だから、あくまでも俺が俺の世界で持っていた基礎の知識……だと思う』
……わかる気がする。確かに俺の中には今までの俺が知らなかった知識がある。でも、別の誰かが生きてきた経験とか記憶はない。だから自分が間違いなくリューマだと言い切ることが出来る。
『推測に推測を重ねるが、こうしてお前と会話が出来るのも知識が転写された際になんか不思議なパスが通っちまったせいだと思うぜ。すくなくとも俺は音として言葉を発してないからな』
「【中2の知識】スキルについては大体把握した。結論としては新しい世界の知識が増えただけで問題はないということだろ」
『…………』
ん?……【中2の知識】についての話を一度まとめたつもりだったのに、瓶の中のスライムが戸惑っているように感じるのはどうしてだろう。
「何か問題があるのか?」
『……いや……もしかして気づいてないのか?』
今の話の中で何か見落としているようなことがあっただろうか。
『気づいてないみたいだな。お前、俺の知識に大分引きずられてるぞ』
「馬鹿な……そんなことある訳」
『お前10歳だろ。昨晩お前の中でやりあった時は、おまえ“僕”って言ってたぜ。口調も年相応のいい子ちゃんだった気がするんだが?』
「は?……何を言ってる……俺はお……れ?……あれ?いつから僕はこんな……」
思考が乱れる。何がどうなっている。いや、違う!僕はそんな言い方はしない!何かがおかしい!
僕は叫びたくなるのを必死に堪えて、混乱する頭を両手で押さえてベッドにうずくまる。
『落ち着け!多分お前は今、違う世界の知識を大量に放り込まれて情報が整理しきれてないんだ。自分が今まで培ってきた常識と俺の世界の常識が混ざり合っちまってる……多分だけどな。
だから、まずは落ち着いて自分の人生をゆっくり振り返って見ろ。この世界の生活を思い返して何がこの世界の知識でどれが異世界の知識なのかを選別してちゃんと分けるんだ。そんなの知識チート系のテンプレだろうが』
くっ……俺……違う!僕は……そう、リューマだ。ガードンお父さんとマリシャお母さんのこども。ポルック村で産まれた。毎日お掃除や、お料理や、薬草採取、たくさんお手伝いをしてスキルを取った。お手伝いの合間に幼馴染のリミといつも一緒に遊んだりいたずらをしたりした。5歳の時、お父さんとお母さんのスキルを交換した。剣や槍の訓練を始めた。8歳の時、狩りの訓練でゴブリンと戦ってモフと友達になった。それから……それから……それから……
ゆっくりと自分のことを思い返していく。貧しい生活だったかもしれないけど暖かく楽しかった毎日。それ以外は僕のものじゃない知識だ。
ごちゃごちゃと渦巻いていた自分の頭の中が徐々に整理されていく。スライムが言う異世界の知識をちゃんと僕の世界とは違う別枠の知識だと認識ができるようになっていく。
既に得てしまった知識に多少なりとも影響を受けてしまうことは、多分仕方ないんだと思う。だけど、僕が僕であることが大前提だ。さっきみたいなのは……なんかうまく言えないけどダメだ。僕じゃないみたいだった。
……うん、もう大丈夫。ちゃんと仕分けが出来た気がする。
『……落ち着いたみたいだな』
「……うん。助かったよ、タツマ」
『お?へへっ!言ったろ、リューマの協力がなけりゃ生きていけねぇって』
気を許す訳じゃないけど、少しは信じてあげてもいい気がしてきている。いずれにしてもスキルも何にもないスライムじゃ悪いことも出来ないだろうしね。
今はまだ怖いけど落ち着いたら【中2の知識】もゆっくりと考えてみよう。もしかしたらポルック村の為になるような知識もあるかもしれないし。
でも……“俺”な僕もちょっと格好良かったかもしれない。冒険者になるならあのくらいの迫力はあってもいいかな。