キング → クイーン
ありがとうシルフィ!
心のなかだけでそう叫んで、体勢を立て直した僕はすぐに左将軍に向かって踏み込んで槍を突き出す。左将軍は剣杖で防御するが【槍術5】【棒術3】【格闘3】の僕の攻撃がそれだけで終わるわけはない。すぐさま槍を回して足を払い、かわされたらすぐに突く、左将軍が斬りかかってくればギリギリで避け、体を回転させながら横面を槍で叩く。ひるんだところにローキックで膝にダメージを与え、苦し紛れに出した火球を素手で撃ち落とし、槍で腿を突く。
そして、腰が落ち頭部が下がってきたところへ龍貫の槍を喉笛に。
「グ、ギャ……」
よし! あとは、間に合うかどうか!
確実に致命傷を与えたと確信した僕は、そのまま手を伸ばし左将軍の胸に手をあてる。
【技能交換】
対象指定 「付与魔法1」
交換指定 「裁縫1」
【成功】
死ぬ前に間に合った! ゴートさんは?
槍を引き抜き、周囲を警戒しながらゴートさんと右将軍の戦いを確認すると、すでに勝負はついていて頭を潰された右将軍をそのままにゴートさんは周囲のゴブリンを【挑発】しながら薙ぎ払っていた。
「凄い……」
僕が左将軍だけに集中できるように周りのゴブリンを引きつけてくれていたんだと思う。ゴートさんだけじゃなくて僕の周りには頭を打ち抜かれたゴブリンが何体もいる。シルフィもまた僕のために援護をしてくれていた。
今回シルフィたちが選択した陽動作戦は、僕たちがメイのダンジョンでよく使っていた作戦を基礎にしている。つまり、土の精霊魔法で自分たちの安全を確保して、そこから攻撃をするという方法だ。ダンジョンでは土の檻を作って中に入っていたが、今回は敵の数が多いのと、武器を持っているゴブリンもいたことから、檻を破壊されたり隙間から攻撃される危険を考慮したらしい。
そこで採用したのが、土で作った柱の上から攻撃するという形。しかも周囲の木から飛び移って来られないように、なるべく高い柱だ。さらに、タツマの助言によって柱の面は僅かに湾曲していてよじ登れないようになっている。
そこからシルフィは万矢の弓、リミは魔法で一方的に攻撃をする。メイは木を登って飛び移ってくるようなゴブリンがいた場合の護衛だ。
『リューマ! リミ嬢ちゃんがでかいのいくぞ!』
おっと、さっそくリミの魔法か。
「ゴートさん! 魔法がきます!」
「わかった! お前も下がれ」
「はい!」
僕たちがゴブリンを牽制しながら下がると広場を囲むように氷柱の雨が降り注ぐ。ひとつひとつの氷柱はせいぜい数十センテだが、高い位置から落とされる先の尖った氷柱は十分すぎる凶器だった。氷柱が当たったゴブリンたちは、手に当たったものは手を、足に当たったものは足を、頭に当たったものは命を、即座に奪われていった。
「でも、どうして周りから?」
「……奴らを逃がさないようにするためと、中央付近には……攫われた女性がいるからだろうな」
そうだった……中央付近には女の人が。
「迷うなリューマ。彼女たちはもう助からんし、助かりたいとも思っていないはずだ……いや、そもそも自我自体もうないだろう。そうでなければ、もうとっくに……」
ゴートさんが濁らせた言葉の先がなんとなくわかってしまった。でも……ん?
「あれ? ゴートさん、いまキングの死体が動きませんでしたか?」
「なんだと?」
リミの魔法で混乱し、逃げ惑うゴブリンを手あたり次第に倒しながらだったから自信はないけど……確かにキングの体が震えたような気がした。
「完全に頭部を破壊した。生きていることはないと思うが……確認しておいたほうがいいな」
すでにキングとジェネラル二体を倒し、群れの統率は失われている。まだウォリアーやモンク、アーチャーなどの上位種はちらほらと見えるが、そのクラスのゴブリンなら最悪撃ち漏らしてもなんとかなる。それよりもキングを手負いで生き残らせておくほうが怖いらしい。
ゴートさんは再び【誘導】を発動して進路を確保するとキングの死体と思われるものに近づいていく。はぐれるわけにはいかないので当然僕も一緒だ。
座っている状態のキングの頭を殴打して倒したので、その巨体は後ろへと倒れている。その頭部を確認するが、完全に頭蓋骨が陥没して顔の長さが半分くらいになっている。この状態で生きていることはあり得ない。
勘違いだったかとほっと胸を撫で下ろそうとした僕の視界で、キングの大きなお腹が……
「揺れたな」
「はい」
ゴートさんは【誘導】が解けたゴブリンたちを薙ぎ払いながら、キングの死体を回り込んでいく。すると、キングの出っ張ったお腹の向こうに若干赤みがかかった子供の身長くらいの小さなゴブリンがいて、キングの股の間で腰を振っていた。
「え? ……これってどういうこと?」
その光景の意味するところが解らなかった僕は疑問の声を漏らすしかなかったが、僕の隣にいたゴートさんは鬼気迫る表情で戦槌を振りかぶると即座にその小さなゴブリンを叩き潰した。
「まずい! まさかクイーンがいたとは! 間に合ったか?」
小さなゴブリンを叩き潰したゴートさんは、大楯を構えながらせわしなく周囲を見回す。その表情はキングを倒す前のものよりも切迫している。
「ゴートさん! どうしたんですか。なにがあったのか教えてください」
「ゴブリンキングのところにゴブリンクイーンがいた」
「……それがなにか?」
ゴブリンにも数は少ないが雌はいる。ということは、ゴブリンの雄からキングに進化する個体がいるなら、雌からクイーンに進化する個体がいるのも可能性としてはありうる。確かにそれは珍しいことなのかも知れないけど、クイーンはすでにゴートさんの戦槌で完全に死んでいる。もう問題はない……はず。
「知らないのか……いや、そうだろうな。そんなケースはそうあるものじゃない」
「え?」
「ゴブリンの進化の最上位種は、雄がゴブリンキング、雌はゴブリンクイーンだ。だが、ゴブリンにはさらに上位の種がいる」
「そんな話……聞いたことありません」
「だろうな、前に確認されたのは俺が産まれるよりも前の話、しかも上級者ダンジョンの深層での話だ」
「……それがここに?」
「可能性がある。やつが産まれる条件はわかっている」
ゴートさんは乾いた唇を自らの舌で湿らせると、ゆっくりと口を開いた。
「それが、キングとクイーンが交わり、子をなすことだ」
「え」
そのとき、ゴートさんの言葉尻をかき消すように広場中央の肉山が突然、爆発した。
「くそ! 遅かったか! 逃げるぞ、リュー、……がぁ!」
「え?」
突如、僕の視界からゴートさんが消える。あまりにも一瞬のことではっきりとは見えなかったけど、どうやらなにかをぶつけられて、後ろへと飛ばされたらしいことだけはわかった。
「クキャキャキャ! キャ! キャ!」
僕は弾き飛ばされたゴートさんを心配しつつも、肉山の中から現れ楽しそうに死肉を弄ぶそいつから目を離せない。ちょっとでも目を離せば死ぬ……なぜかそんな感覚に襲われつつ、なんとかスキルを使う。もちろん使うのは【鑑定】だ。
だけど、その鑑定の結果は……
『ゴブリンエンペラー
状態:健常
LV:1
技能:神速2/怪力4/威光5
特殊技能:眷属支配(眷属を強制的に支配できる)/眷属吸収(眷属を殺すことでその力を得る)
才覚:皇帝の器(生まれつき高い技能を持ち、あらゆる成長率にプラス補正がかかる)』
とんでもない結果だった。
(前回と)今回のわらしべ
『 樹上行動2 → 剛体2 』
『 裁縫1 → 付与魔法1 』