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ゴブリン → 恐怖

 最初に目に入ってきたのは浅黒い緑や、汚い茶色という色だけだった。しかし、すぐにそれは蠢くゴブリンたちの肌の色だと気が付く。

 タツマたちが案内してくれた場所は、ゴブリンたちがいるところよりもやや高い位置にあってゴブリンたちをある程度見渡せる……だけど、これは。


「なに……これ」


 そんな声が聞こえたことで、僕自身が思わず声を出していたことに気が付く。狭苦しい広場のようなスペースにゴブリンたちがひしめき合っている。それだけならここまでの衝撃は受けなかった。だけど、広場の中央にはなぜか魔物の死体が山と積まれ、それに群がるようにして飢えを満たすゴブリンたち。その周りには……すでにいろんなものにまみれ、泥がこびりついて肌すら見えなくなりつつあるが、女性がゴブリンたちに凌辱されている。


 いや……凌辱というよりあれは、まるでゴブリンを増やすための工場のようだった。女性に乱暴をしているゴブリンは女性が妊娠したのがわかると一切手を出さなくなり、他の女性へと向かう。妊娠してしまった女性のお腹は遠目で見ていても変化がわかるくらいの速度で膨らんでいく。そして、ゴブリンの幼生体を産み落とした女性には、またゴブリンが乱暴していく。産まれた幼生体は魔物の死体を貪りにいき、驚異的な速度で成体へと成長している。

 ゴブリンの胎児にしても、幼生体にしても明らかに異常な成長速度だ。それに……あんなふうに扱われ続けている女性がまだ生きているのも……たぶんありえない。


 タツマが人為的な介在があると言っていた意味がわかる。証拠はなにもないけど、ここでゴブリンを大量発生させるために餌と苗床を準備し、何らかの術を施してゴブリンの成長を促すと同時に、女性を死なせないようにしている誰かがいる。


「待て、リューマ。どこへ行くつもりだ」


 厳しい口調のゴートさんがいつの間にか僕の左手首を掴んでいた。そのときになって、初めて僕は龍貫の槍を握りしめたままゴブリンの群れに飛び込もうとしていたことに気が付く。


「でも、あんな」

「わかっている。だが、お前ひとりが突っ込んでも意味がない。やるならやるでしっかりと対策を練ってからだ。いったん嬢ちゃんたちのところに戻るぞ」

「……はい」


 僕は体からあふれ出そうな怒りと不快感をなんとか抑え込むと、ゴートさんの言葉にかろうじて頷き、手を引かれるままにリミたちのところへと戻る。


『リューマ、言っておいたはずだぞ。気を確かに持て! お前は気が付かなかったみたいだが、奥のほうには明らかに上位種が陣取っていたし、その中の一体はおそらくゴブリンキングにまで進化している』

『タツマ……うん、わかった。僕が暴走してリミたちを危険にさらすわけにはいかないもんね。ゴブリンキングまでいるんじゃ、ゴートさんの指示に従わないとね』

『……それもどうかと思うがな』

『え? どういうこと?』


 ようやく納得しかけたのに、手のひらを返すようなことを言い出すタツマ。タツマに手のひらはないんだけどさ。


『あれはやばいってことだよ。あの状況は、時間が経てば経つほどやばくなる。これから帰って、冒険者を集めて、部隊を編成して、なんてやっていたら手遅れになるかも知れないってことさ』

『それは……わかるけど。でも仕方がないよね』

『かもな。ま、その辺は相談が始まればわかる』


 タツマがなにを心配しているのか僕にはよくわからない。だけど、タツマはその話をこれ以上するつもりはないようで、モフの頭の上で静かにボディを揺らしている。


「りゅーちゃん、どうだった…………大丈夫?」

「うん……酷い状態だったよ」


 やきもきしながら待っていてくれたリミは、僕に駆け寄ってくると心配そうに顔を覗きこんでくる。どうやら、僕はよほどひどい顔をしているらしい。


「説明は俺からしよう。【隠密】は解除しないまま、周囲を警戒しつつ聞いてくれ」



◇ ◇ ◇


「そんな……ひどい。なんとか助けてあげられないの?」


 ゴートさんは、ゴブリンたちの状況をなにひとつ隠さず、ありのままに皆に伝えた。それを聞いたリミは当然怒りをあらわにしたけど、それよりも強く憐憫の表情を浮かべた。すぐさま助けたいと言えるリミの素直さ、それは無知ゆえにかも知れないけど、僕はずっとそのままでいて欲しいと思う。


「……無理、だろうな。あれはどう考えても普通の状態じゃない。生きているのかも知れないが、精神(こころ)はとっくに死んでいるはずだ。正確とは言えないが、例えるならアンデッドのようなものだ」

「……そう、なんですね」


 ゴートさんは希望的観測を混じえずに、たんたんと事実だと思えることを告げる。ゴートさんだって激しい怒りを感じているはずなのに、それを表に出すことはない。それが大人になるってことなのかも知れないけど……成人したばかりの僕にはまだ難しい。


「あの……」

「ん? なにかあるか?」


 シルフィが真っ青な顔をしながら、ゴートさんに向かって声をかける。確かに衝撃的な話だったよね、街に戻るなら早く戻ってゆっくり休ませてあげたい。


「その……女性たちのような状態にしたり、魔物の成長速度を上げるような方法に心当たりはありませんか?」

「ふむ……はっきりとしたことは言えんが……そうだな、女のほうは熟練した【闇術】の使い手が、やり方を知っていれば可能かも知れんが、魔物の成長のほうはすまんな、ちょっと想像がつかん。成長促進というからには【回復魔法】の一種のような気もするが、それで魔物が成長するかというと疑問だ。……ん? どうした?」

「リュ、リュ…………リュ、リューマ、リューマ様……」

「ど、どうしたのシルフィ! 大丈夫?」


 真っ青だった顔色はいまや、それを通り越して紙のように白くなっている。そしてその虚ろな目は僕を捉え、すがるように手を伸ばしてくる。ただごとじゃない! そう思った僕は迷わず手を取るとシルフィを強く抱きしめて背中をさすってあげた。


「落ち着いてシルフィ、大丈夫。大丈夫だから」


 僕がこう言えば、少なからず【奴隷の首輪】に影響されて落ち着きを取り戻せるかも知れない。


「大丈夫、落ち着いて、皆もいるから。なにかあるなら……いや、いまはいいや。とにかく大丈夫だからね」

「いえ……聞いてください。いま、少しだけ思い出しました」

「……うん、聞くよ。なにを思い出したの?」


 どこか悲壮な決意を見せるシルフィの様子に、僕もすべてを受け止めるつまりで話を促す。


「はい……今回のこの騒動……裏にいるのは……人魔族かも知れません」

「なんだ……って?」

「あのときの記憶は術の支配が強くてあまり覚えていなかったのですが……いまにして思えば【精霊の道】を抜けて外へ出たのは、アドニスだけではありませんでした」


 咆哮をあげるフレイムキマイラ、焼け落ちるポルック村、そして死んでいった村の皆の顔が一瞬脳裏をよぎる。それは僕やリミ、シルフィにとっては信じたくない言葉だった。

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