不安 → 偵察
『どうしたのタツマ! 状況を報告して!』
『いま、いったんそっちに戻る! 見つけたのはゴブリンの集団だ。数はちょっと数えきれねぇし、いろいろ状況がやべぇ! このゴブリンの大量発生は誰かに計画されていた可能性がある!』
『な! まさか!』
タツマがこれだけ取り乱すのも珍しいが、もし本当にそんなことを企んでいるような存在がいるとするならタツマの気持ちもわかる。こうなると、僕だけで判断できるような状況じゃないな。
「急に険しい顔をしてどうした、リューマ。確かに、やっかいな上位種が紛れ込んでいる可能性はあるが、さっきも言ったようにこの森は餌が少ない。大きく数を増やすことはできないだろうし、最悪キングがいたとしても一対一なら問題ないぞ」
ゴートさんが頼もしい笑顔で僕の緊張をほぐしてくれようとするが、タツマかの報告を受けてしまった僕の不安を取り除けはしない。本当ならゴートさんの推測が正しかった可能性のほうが高かったのに。
「ゴートさん、実は僕の従魔たちに少し森の奥まで偵察に行ってもらったんです」
「ん? 兎とスライムか?」
「はい、僕はモフとタツマとは親和性が高いみたいで、あるていど感情がわかるんです」
スライムと話せるなんて言っても信じてもらえないだろうし、モフの感情なら本当にわかるから嘘でもない。
「ほう、それで?」
「ゴブリンの集団をみつけた、ものすごい数。……だそうです」
「なん……だと?」
ゴートさんの笑顔が消える。もし、タツマからの情報が正しいとなれば、この森に対するゴートさんの知識と大きく食い違うことになる。それは、なんらかの異常事態が起きているということにつながる。
「リューマ、その情報はどの程度まで信頼できるんだ」
「信じてもらえるかどうかはわかりませんが、少なくとも僕は欠片も疑うことはありません」
「……そこまでか」
僕がいまさらタツマを疑うことなんてない。タツマがこんな状況で嘘をつく理由もない。それならば、タツマがいると言えばいる。
「まもなく従魔たちが戻ります。問題の場所まではすぐに案内できると思います」
「そうか! ……いや、待てよ。本当に大量発生をしているなら、この人数でぞろぞろ行くのは危険か」
「ゴートさん、僕が【隠密】と【統率】を持っています。全員でも気配を消したまま近づけます」
「ほう、すごいな。田舎で訓練しているだけで身に付くようなスキルじゃないんだがな……ふ、お前にはいろいろ秘密がありそうだ」
さ、さすがに鋭い。だけどいまは必要以上に能力を隠している場合じゃないよね。全部を説明している暇はないけど、ある程度は仕方がない。それに父さんの仲間だった人だし、これからのことも考えれば早いうちにちゃんと説明しておいたほうがいいかもね。
「あ、戻ってきました」
木々の間からモフに乗ったタツマが飛び出してくる。結構急いで帰ってきたみたいで、珍しくモフの息も荒い。
『リューマ! どうなった?』
『あ、うん。たぶん様子を見に行くことになるけど、案内は頼める?』
『……だろうな、わかった。実際に見てもらったほうが早いだろうしな。だが、なにを見ても取り乱さないように全員にそれとなく注意をしておけ。お前が思っている以上にとんでもないことになっているからな。できればリミ嬢ちゃんたちはここに置いていきたいくらいだ』
タツマはいったいなにを……ここまでタツマが言うならリミたちを置いていきたいけど、たぶん拒否される。最悪隠れてついてくるようなことも考えられるから、そんなことになるくらいなら一緒にいたほうがいい。
「ゴートさん、ゴブリンたちの巣は思った以上に酷いことになっているみたいです。なにを見ても取り乱さないように心構えをしておいてください」
「……そうか、わかった」
重々しく頷いたゴートさんは木に立てかけてあった戦槌を手にすると、軽く振り回して動きの調整をしている。その間に、話の成り行きを見守っていた女性陣へと僕は視線を向ける。
「リミ、シルフィ、メイ。皆にもお願いするね。なにを見ても慌てず騒がずに、ゴートさんの指示に従うこと。約束できないならここに置いていくから」
「わかったよ、りゅーちゃん。リミはちゃんと言うこときく」
「私もお約束します」
「メイも大丈夫」
「うん、じゃあ行こう。ゴートさんもいいですか?」
「勿論だ」
「【隠密】と【統率】を発動しますが、消えるわけではないので移動は気を付けてください。タツマ、モフ案内を頼む」
「きゅん!」
モフの先導に従って、森の中を走る。僕とリミは田舎者だし山で修行もしていた。シルフィは森の民であるエルフのなかでもさらに高位のハイエルフだから、森の中の行軍もお手の物。メイの動きは多少ぎこちなくなっているが、シルフィがこっそり精霊魔法で補助しているのでこちらも静かなものだ。
だが、ゴートさんはあの大きな体に、大きな鎧を身に纏い、大きな盾を背負って、戦槌をもっているにもかかわらず、金属がぶつかる音や、大きな足音を立てていないの素直に凄いと思う。同じようにゴートさんも僕たちの動きに驚いているみたいだから、おあいこだけどね。
『リューマ、ここからは慎重にいくぞ』
森の中をしばらく走ったあと、不意にタツマとモフが立ち止まる。近いと聞いて指を鳴らしてみるが……森が深くてクリアな音が拾えない。【音波探知】で探るのは難しそうだ。
「近いそうですので、ここからはゆっくり行きます」
さらにその場からしばらく進むと、スキルで感度が上がっている僕の耳に雑多な音が聞こえてくるようになった。
……ゴブリンの鳴き声、水っぽいなにかを潰すような音、あとは……小さいけれど悲鳴のような音も聞こえる。なんだろう、この気持ち悪い感じは……嫌な予感しかしない。きっとこの先には、タツマの言う通り見てはいけないものがある。
絶え間なく聞こえてくる嫌な音に、こみ上げてくる不快感を無理やり飲み込みながらしばらく歩くと、モフがその歩みを止める。
『リューマ、あの木を回り込めばちょうど奴らを軽く見渡せる位置に出る。できれば最初はお前と……あのおっさんで見に行ったほうがいい』
『……わかった』
タツマの言葉に素直に頷くと、僕は後ろを振り返って皆を止める。
「あの木の先にいるらしいので、まず最初は僕とゴートさんで様子を見に行きましょう。リミたちはここで周囲の警戒をお願いするね」
「そうか、そのほうがいいな。偵察中は他への注意力が下がりがちだ。フォローを頼む」
ありがたい、僕の意図を正確に察してくれたゴートさんのアシストで、一瞬不満を浮かべそうになった女性陣が納得顔に変わった。
「わかった。任せておいて」
「承知いたしました」
「うん、メイもいいよ」
その頼もしい返事を聞いて、頷いた僕たちはゆっくりと木の陰へと向かう。大きな木にゴートさんと並んで背中をつけると、目線だけで意思を確認して、左右からそれぞれ同時に向こう側を覗きこんだ。