拉致 → 昔話
結局、僕たちは報酬をもらうとまっすぐに『大魔法使いの道楽』亭へと帰ってきた。レナリアさんのことは気になるけど……今の僕たちにはどうすることが一番レナリアさんのためになるのかがわからない。レナリアさんが【戦渦の不運】というスキルがなくなるのならば、冒険者に復帰したいというのなら力になれるけど……それは僕たちの秘密を明かすということになる。レナリアさんにならとも思うけど、レナリアさんはギルドの受付嬢のお仕事もたぶん好きだと思うんだ。
だから、レナリアさんが冒険者に復帰したいと自分から言い出すようなことがない限りは、僕からスキルのことを話さないことにしようと思う。
宿では今日もまた、おかみさんであるラナスティさんには会うことができなかったけど、美味しい食事と温かいお風呂で大満足した僕たちは、今日の反省会もせずにぐっすりと眠ってしまった。
◇ ◇ ◇
「よし、調査にいくぞ」
「え? え? えぇぇぇぇ!」
次の日も約束通りの時間にギルドを訪れた僕たちを待っていたのは、黒光りする鎧と具足を身に付け、大きな盾と戦槌を手にした副ギルドマスターのゴートさんだった。
なんの説明もなくギルドを出ていくゴートさん、その動きになぜか逆らえずに後に続く僕たち。これって、絶対【誘導】されているよね……タツマが恐れていたとおり、使う人次第ではもの凄く怖いスキルだ。罠を仕掛けておいて、その上に誘導するだけで、大きなアドバンテージが得られるんだから。
「ちょ、ちょっとゴートさん。 な、なにをしているんですか! リューマさんたちは初級冒険者なんですよ」
「まあ任せておけ、レナリア。大丈夫だ」
「え? ……あ、はい……大丈、夫ですよね」
僕たちが連れていかれようとするのを見て、血相を変えて止めにきたはずのレナリアさんの表情がほわんとしたものに変わる。
「よし、いまのうちだ。走れ、一秒ほどしかもたんぞ」
「え? あ、はい」
ゴートさんに軽く背中を叩かれた僕は押し出されるように走り出してしまう。当然リミたちも慌てて僕の後を追いかけてくることになるんだけど……後ろで我に返ったレナリアさんが凄い形相で叫んでいるのは大丈夫なんだろうか。ギルドに帰ってきたときが怖いな。悪いのは勢いに呑まれた僕じゃなくて、スキルまで使って連れ出したゴートさんだってわかってくれるよね?
結局、街を出るところまで事情もわからずにゴートさんと走り続けてしまった。
「あの……ゴートさん? これはいったいどういうことでしょうか?」
街を出て、明らかに東の森に向かって歩いていくゴートさんを追いかけながら質問する。副ギルドマスターに連れてこられた以上は勝手に帰るのもどうなのかと思ってしまうし、父さんの元パーティメンバーでもある人なら僕を悪いようにはしないかなとも思うので、ついていくのは別にいいけど、何をするつもりなのかと、どうして僕たちだったのかという理由は聞いておきたい。
「うむ、昨日お前たちが報告してくれたゴブリンの話を聞いてな。調査が必要だと判断した」
「はい、それはわかります。でも、レナリアさんは調査依頼を出すことになるだろうって……」
「調査依頼ともなれば、冒険者たちの報酬はギルドからの持ち出しだ。東の森なら日帰りできる場所だし、ちょうど俺の手も空いていた。それなら俺が行ったほうが早いし確実だ」
大きな戦槌と重そうな鎧を身に付けているにもかかわらず、まったく動きに違和感を感じさせないゴートさんが戦槌の柄をゴン、ゴンと鎧の肩部分で鳴らしながらひとり頷く。
「……えっと、ちょっと強引な気もしますが、それもわかります。いろいろ大人の事情ってことですよね? 問題はなんで僕たちを連行したか、なんですが?」
「ああ……それな。ぶっちゃければノリだな」
「は? すみません、もう一度お願いします」
「ん? 納得できないか? ふむ……そうだな。だったら、こうしよう。ガードンとマリシャが育てた息子と一緒に冒険がしてみたかった。これなら、どうだ?」
にかっと白い歯を剥き出しにして笑うゴートさんの顔は、実に楽しそうだ。たぶんだけど、ノリと言ったのも、父さんたちの子供である僕と一緒に冒険したいと言ったのも嘘じゃない気がする。
「……僕たちは初級冒険者ですよ?」
「誰でも最初は初級冒険者だ。そうだろ?」
「えっと……それは当たり前ですよね?」
首を傾げながら答えた僕の言葉に、ゴートさんは一瞬だけきょとんとした表情を見せ、次の瞬間笑い出した。
「ああ、そうだ、当たり前だったな。いや、お前は間違いなくガードンの息子だよ」
嬉しそうに笑いながら僕の背中をばんばんと叩くゴートさん。いくらレベルを上げてあるとは言っても、かなり痛いからやめてほしい。
『かぁ! 相変わらずお前は馬鹿だな。どんなに強い奴でも、初めて冒険者になったときは初級。つまり初級冒険者であることは、必ずしもそいつの強さを表すわけじゃないってことを言いたいんだよ』
『あ……なるほど、そういう意味だったのか。でも、僕たちが戦っているところを見たわけでもないのに凄いね』
『そんなことないさ、俺たちだってあいつが強いというのはなんとなくわかるだろ? それと同じさ、まあ俺たちの場合は見た目が弱そうに見えるからか、なかなか気が付いてもらえないけどな』
あ、それはよくわかる。辺境の村で出会ったアキーナさんのパーティの人たちがそうだった。でも、ゴートさんは見かけだけじゃなく、僕たちをちゃんと見てくれたってことだよね。
「リューマ、森に着くまでに両親の話をしてやろうか?」
「はい! お願いします。父さんたちは冒険者として必要なことは教えてくれたんですけど、自分たちがどんな冒険者だったのかは、あまり教えてくれなかったので」
「がはは、ガードンとマリシャらしいな。いいか、あいつらはな最初は凄い仲が悪かったんだぞ」
「ええ! 本当ですか! いまの父さんたちからは想像もつかないです」
父さんと母さんの夫婦仲はとても良好だった。たまに喧嘩はしていたけど、だいたい模擬戦で思いっきり体を動かしたら、からっと仲直りしていた。ポルック村ほど厳しい環境じゃなければ、僕の弟や妹がたくさんいてもおかしくなかった。
「そうだろ、そうだろ。そのへんを詳しく教えてやる」
にやりと下衆い笑みを浮かべたゴートさんが語る、僕の知らなかった両親の話にいつしか僕もリミも、シルフィまでもが引き込まれ、気が付いたら東の森に到着していた。
魔剣ハーレムの書籍化作業中でちょっと更新遅れ気味です。すみません。