救助 → 上位種
「モフ! タツマ! 攪乱はもういい。救助者のところで合流しよう」
「きゅん!」
『オッケー』
リミが切り開いた道をさらにこじ開けながら走る。たまに僕の周囲で頭を射抜かれるゴブリンがいるので、シルフィも位置について援護態勢に入ってくれたらしい。
こうなれば、ゴブリンの十匹くらいはなんとでもなる。あとは救助者をしっかりと守れるよう立ち回るだけかな。
「リミ、怪我人はどう?」
一気に囲みを突破すると、すぐに反転して槍を構えゴブリンたちと正対する。そのまま背後で倒れているカイトという少年に【回復魔法】を使っているリミに状況を確認する。ライナと呼ばれていた少年は助けがきたことに安堵した表情をしつつも、まだしっかりと剣を構えてゴブリンを牽制しているが、女の子ふたりは助かるかも知れないと思って腰が抜けてしまったのか、カイトの近くに座り込んでしまっている。
「うん、左腕の骨折と……あとは頭を打っているみたいだけど、このくらいなら問題ないよ」
リミが大丈夫だっていうなら、怪我人は問題ない。リミでも治せないようなら急いで街まで連れて帰らなきゃいけないところだったけど、治せるなら全員で歩いて帰ったほうが安全だ。
「す、すまない、助かった。最初は三匹くらいのゴブリンと戦っていたはずなのに、気が付いたら囲まれていて……」
「いえ、あなたたちも冒険者ですよね? 冒険者同士、助けられるときは助け合うのが当然ですから。それにしても……」
ライナに答えながらも、その言葉に引っかかるものを感じる。気が付いたら囲まれていた? もしかして、囮役のゴブリンに注意をひきつけて、その間に包囲をしたってこと? ゴブリンにそんな知能はあったっけ。
『いや、野良のゴブリンには考えにくいな』
「お疲れ様、モフ。タツマもね。『で、やっぱりタツマもそう思う?』」
『ああ、狩人の森に出てきたゴブリンも、メイのダンジョンに出てきたゴブリンもそんな動きはなかった。だが、必ずしも全部が全部そうだったわけじゃない。わかるか?』
見事にゴブリンの足止めと攪乱する役目をやり遂げてくれた相棒にねぎらいの言葉をかけつつ、疑問点をタツマと話し合う。ゴブリンどもはあと数匹だし、シルフィが次々とスナイプしているから僕が倒しに動き回るよりも救助者のところへゴブリンを通さないように立ち回ればいい。リミはまだ治療中だけど、僕とモフとライナで救助者を守るように立てば十分。
「あ、この角耳兎とスライムは僕の従魔ですから攻撃はしないでくださいね」
「そ、そうだったのか。だから、俺たちを襲わずにゴブリンを……君の角耳兎がいなければ俺は死んでいたと思う。本当にありがとう」
ゴブリンを警戒しつつライナと話しながら、タツマの言葉の意味を考える。ゴブリンがただ襲ってくる以外の動きをしたときか…………あ、あった!
『父さんと初めて森に行ったときに戦ったゴブリンだ……あの時は気配を消して僕たちを取り囲んで襲う気だった』
『そんとき、俺はいなかったからわからねぇが……その中に上位種はいなかったか?』
『上位種? ……あぁ、確かに一匹だけゴブリンシーフがいた。僕の【統率】と【隠密】はそいつと交換したんだ』
『やっぱりな。メイのダンジョンでも一階層のボス、ゴブリンナイトたちは知能が高かっただろう?』
『……なるほどね。上位種がいるとノーマルなゴブリンはその指示に従う可能性があるってことか。ってことは、今回のこいつらの中にも上位種が混ざってたってこと?』
慌てて周囲のゴブリンと、死体となったゴブリンたちを【鑑定】していくが全てノーマルのゴブリンだった。上位種は戦いに役立つスキルを持っていることが多いから、知らないで戦うのはリスクがある。
『よかった、ここにはいないみたいだ』
『よくねぇぞリューマ! こいつらが組織だった動きをしたんだから、絶対に上位種は近くにいるはずだ。それなのに姿が見えないってことは……』
「あ!」
そうか! まだ僕たちが認識していない敵がいる!
即座に【音波探知】を発動して、念入りに周囲を探る……でも、前にも後ろにも右にも左にもゴブリンの反応はない。どこだ、本当にいるのか? いや、いるはずだ。このてのことでタツマの予測が外れたことはない。
「それにしても凄いね。さっきからゴブリンたちを遠隔攻撃しているのも君の仲間なんだろう? もう、最後の一匹だ」
ライナの言葉通り、シルフィの風の矢は僕たちを囲んでいた最後のゴブリンも一矢でしとめていた。だが、上位種が見つからない以上は気を抜くわけにはいかない。
「リューマ様」
ゴブリンを全部倒したからだろう、澄んだ柔らかい声で僕の名前を呼びながらシルフィが出てきてこちらへと向かってくる。勿論、剣と盾を持ったメイも一緒だ。
「シルフィ、メイ。まだ気を抜かないで、まだ隠れている奴が『リューマ! 上だ!』」
「え」
タツマの強い思念に反射的に【音波探知】の波を上方向へと放つ。
「あ! メイ! シルフィ! 走れ!」
それに気が付くと同時に僕も走る。だが、離れたところから狙撃していたシルフィとの距離は容易には近づかない。
アサシンゴブリン
状態: 健常
LV: 14
技能: 隠密4/短剣術3/指揮1
僕の視界には樹上から音もなく飛び降りたアサシンゴブリンが錆びてまったく光を反射しない短剣を手に、敵に気が付いていないシルフィの頭上へと襲いかかろうとしているのが妙にゆっくりと見えている。
まずい! 間に合わない! 一か八か槍を投げてもアサシンの初撃のほうが早い。
「シルフィ! 上だ! 避けて!」
「え?」
僕の叫びに緩慢な動きで上を見たシルフィの表情が驚愕に変わる。致命的なタイミングだが、それでもアサシンよりも遥かにレベルが高いシルフィは即座に防御行動に移れるだけの身体能力があった。集めたスキルと鍛えたレベルが無ければ膝を折りつつ地面に身を投げ出すことすらできなかったはずだ。だが、シルフィの決死の回避行動も僅かに攻撃を遅らせるだけの効果しかない。
このタイミングではアサシンの一撃を受けることは免れないだろうが、転がることで頭部や頸部の急所を守ることはできる。初撃さえ致命傷にならなければすぐに僕があいつを倒すし、リミがきっと治してくれる。ちっとも前に進んでいないかのような錯覚を感じながら、それでもそう信じて僕は走る。
「シ・ル・フィ~に……触るなぁぁ!」
「え?」
高く可愛らしい声なのに怒りに染まった叫び。その叫びが響き渡った次の瞬間、僕の目の前で、グゲェ! という汚らしいだみ声を漏らしながらアサシンゴブリンが弾き飛ばされていた。