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ライナ → 覚悟

「モフ! 先に行って!」

「きゅん!」


 即座に反応した僕たちは手に持った器の水を捨てアイテムバッグに放り込むと、シートはそのままにモフが走り去った方向へと向かう。タツマも定位置にいたのでモフと一緒に先行している。

 モフだけで行くと別の魔物が現れたように思われて攻撃される恐れもあるから、僕たちも急がなくちゃならない。


「リミ、シルフィ、メイついてきて!」

「うん、りゅーちゃん!」

「はい!」

「メイもいく!」


 すでにモフの姿は見えない。モフの鋭い蹴り足の跡や折れた下草などで大体の方向はわかるが、念のために走りながら指を鳴らして周囲を確認しながら追う。

 レナリアさんの話ではこの辺にいる魔物はゴブリンやコボルトなどの小型の魔物だけ、でも小型でも魔物というだけで普通の人間より力も耐久力も上。ちょっと状況が不利に働けば、初級ランクの冒険者だと命を落とすこともあり得るのが現実。初心者の森といっても、年に数人はこの森から帰ってこない冒険者もいるらしい。


『タツマ!』

『あいよ! こっちは着いた。さすがはモフだな、方向は真っすぐでいいぞ。今はいかにも初心者な感じの冒険者四人が十数匹のゴブリンに囲まれていたところにモフが突っ込んで攪乱しているところだ。ゴブリンどもがモフに気を取られているうちになんとかしたほうがいいぜ。先に冒険者たちを狙われたらモフだけじゃ防ぎきれなくなるからな』

『わかった! すぐいく!』


 タツマとの思念が比較的クリアに届くということはさほど距離はないし、戦いの音も聞こえてきている。木々のせいで視界が悪いからまだ見えないが、正面のあの木を回り込めば見えるはず。


「みんな準備はいい? 僕の探知だと何人かがゴブリン十匹くらいに囲まれて戦っているみたいだから、僕とリミは突入して囲みの中に入る。シルフィは囲みの外に潜んで状況に応じて弓で援護をお願い」

「りょ~かい」

「わかりました」


 僕が背負っていた龍貫の槍を抜くと、リミも腰の後ろに装備していた暴嵐の双剣を抜き放ち、シルフィも万矢の弓を自分が持っているアイテムバッグから取り出す。


「メイは?」

「メイはシルフィと一緒にいて、シルフィを守ってあげて」

「うん! わかった、シルフィはメイが守るね」 

「お願いしますね、メイちゃん」


 持ったままだった剣と盾を握りしめたメイが、頼られたことが嬉しいらしく笑顔で頷く。ふたりが見つからないように【隠密】の効果を【統率】で仲間たちに広げておく。


「見えた!」


◇ ◇ ◇


「うわ! なんで、こ、こんなにゴブリンが! くそ! ミルファ、カイトの様子はどう? 動けそう」

「……駄目です。さっき盾で攻撃を止めたときに一緒に頭を打たれたから意識が……カイトくんは動かせません」


 ミルファと呼ばれたローブの女の子の足元に、折れ曲がった左手に壊れた盾を装備した男の子が頭から血を流して倒れている。あの子がカイトだろう。


「ちょっとライナ! どうするのよ……あんたたち男は殺されるだけで済むけど、私たち女は……」


 きっといつもは気が強いと思わせるようなスイレンが泣きそうな声を漏らす。ゴブリンやオークなどは著しくメスが少なく、しばしば異種族を苗床にする。中でも人間の女性は奴らの大好物で、このまま負ければ死ぬよりも屈辱的な日々が死ぬまで続く可能性が高い。


「わかってるよスイレン。なんとかするから……」

「なんとかって……」


 短剣を構えてゴブリンを警戒しつつ不安を隠せないスイレンに、長剣を構えたライナと呼ばれた少年は、スイレンを励ましながらなにかを覚悟した目をしている。


「突然乱入してきた角耳兎が暴れているうちにミルファとスイレンは逃げるんだ」

「でもライナくん、カイトくんは動かせないんですよ」

「……うん、だからカイトは置いていっていい。俺が絶対守るから」

「ライナ!」

「ライナくん……」

 

 カイトの言葉にミルファとスイレンの表情が変わる。スイレンは怒りの表情に、ミルファは悲痛の顔に。


「わかるだろ……カイトを抱えてふたりが逃げるのは無理だ。それにさっきスイレンが言った通り、俺たちなら殺されるだけで済む。性欲よりも食欲を優先してくれれば……」


 男ふたりが食べられている間に女性陣を逃がすことができるかも知れない。おそらくそう続けたかったのだろうが、震えるライナの口はそこまで言葉にすることはできなかった。


「ふ、ふたりとも、い、いけ、いくんだ!」

「そ、そんなこと……」

「で、できません!」


 うん、わが身を犠牲にしてでも女の子を守ろうとする姿勢は凄い。僕も本当にどうしようもなかったらリミとシルフィとメイを守るために体を張る覚悟はある。ただ、今回はあまりいい選択とは言えない。  オークならともかくゴブリンは圧倒的に食欲よりも性欲が強いから、女の子ふたりが逃げたら間違いなく全員がそっちを追う。だから、本当の正解はとことん一緒に逃げて、とことん一緒に戦って、それでも駄目なときは女の子たちが自害する覚悟を持つこと。

 酷いようだけど冒険者として魔物と戦う以上はそんなことも覚悟しなくちゃならない。僕たちはそんな選択をしたくないから毎日修行して、スキルを集めて少しでも強くなろうとしているんだ。

 

「早くいくんだ! 角耳兎がゴブリン相手に長く戦えるはずがない! 時間はもうないぞ!」

「わ、わかった……ミルファ行きましょう。これ以上ライナを困らせちゃいけない」

「……はい」


 女の子ふたりも逃げる覚悟を決めたらしい。っていうか、いまばらけられると困る。それに普通の角耳兎ならライナという少年の言う通りだけど、俺のモフは頼れる女。ゴブリンくらい余裕だ。


「りゅーちゃん! このまま行くよ」

「了解、リミは囲みを抜けたら倒れている人の治療。あと、もう大丈夫だから逃げないように女の子たちに伝えてくれる?」

「うん、わかった」


 リミが走る速度を上げ、ようやくたどり着いたゴブリンたちの囲みに突っ込んでいく。と、同時にゴブリンたちの血煙が舞い、汚らしい悲鳴が響き渡る。

 そんな声を大音量で聞きたくないので発動中だった【音波探知】と【遠見】、【俯瞰】をオフにして、リミからやや遅れて僕もゴブリンたちに突入していく。リミが道を切り開いているので、僕は邪魔なゴブリンを打ち払っていくだけでいい。本格的な反撃は救助者のところにたどり着いてからでいい。


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