食堂 → 注文
『大魔法使いの道楽』亭の食堂は六人がけの丸テーブルがみっつとカウンター席が五席のこじんまりとしたものだが、この建物の中では種族による差別がないせいか、ポルック村のようにいろんな種族の人がリラックスして歓談していた。
「このお店、とっても落ち着くね。りゅーちゃん」
その雰囲気をリミも感じているらしく、この街に入ってからずっと緊張気味だった耳がリラックスモードに入っている。
「リューマさん、こちらのテーブルへどうぞ。高級な店ではないのですが、お料理はどれも美味しいですのでなんでも好きなものを頼んでください。今日はわたしがお誘いしましたのでごちそうさせていただきますから」
「え? い、いや、そんな! 今日お会いしたばかりですし、申し訳ないです。自分たちの分は自分で払いますから」
食事をおごってくれるというレナリアさんに慌てて手を振って断りを入れると、レナリアさんは口元を抑えて笑いを堪えていた。
「?」
「ふふ、すみません。リューマさんならそうおっしゃるのではないかと思っていたので、予想が当たってちょっと嬉しくなってしまったもので。でも、心配なさらないでください。じつは副ギルドマスターから資金はお預かりしているんです。なんでも、『あいつは古い馴染みの息子だ、贔屓になるから他の奴らには勿論、あいつらにも内緒だが、これで飯でも食わせてやってくれ』だそうです」
父さんの昔のパーティメンバーで、いまは副ギルドマスターのゴートさん……か。それならあんまり固辞するのも失礼かな。
ゴートさんにはもっといろいろ父さんたちのことを聞きたかったけど……でもこれから冒険者としてこの街で暮らすようになればお話しする機会もあるよね。
「……わかりました。じゃあごちそうになります」
「はい。ゴートさんには喜んでもらえたことだけをお伝えしますので、そういう体でお願いしますね」
いたずらっぽく微笑むレナリアさんはなんだか大人の女性って感じでちょっとどきっとする。もしかして、僕ってお姉さん属性に弱いんだろうか? アキーナさんのときもそんな感じだった気が……。
『けけけ、男はお前ぐらいのときは大体そんなもんさ。普通だよ、ふ・つ・う。どうせどうこうできるような相手じゃねぇんだからときめくだけ無駄、無駄。ほら、さっさと注文しろよ』
『うるさいな! そんなことわかってるってば。タツマだって女の人とお付き合いしたことないくせに偉そうに!』
『な! な、な、なにいってやがる。俺様はなぁ、これでもちょうモテたんだ! 女なんかよりどりみどりちゃんだっつぅの!』
『はいはい、嘘、嘘。僕の知識の中には二次元の女の人の本が……』
『わかった! 俺は嘘をついた! だからそれ以上はやめてくれ……俺が死んだあと、コレクションがどうなったのかを想像しちまう』
『あ……うん、それはきついよね。ごめん……ほら、こっちにはそういう文化ないからさ、ついうっかり』
『ははは……いいさ、どうせ戻ることはないから確認のしようはない。ならばまだ見つかっていない! と俺が思えばそれが真実になる!』
モフの頭の上で悲しいことを叫んでいるタツマはしばらくそっとしておいてあげよう……。
「リューマ様、なにになさいますか?」
「リュー、メイは肉が食べたいよ」
「りゅーちゃん、お魚料理がない~」
どことなく楽しそうな女性陣を見て、ふと気づいた。よく考えてみればお店で料理を注文して食べるなんて、僕たちにとっては初めてのことかも。僕とリミはポルック村のお祭りのときには屋台で料理をもらうことはあったけど、飲食店はなかったし、基本的に自炊だったから……メイはいわずもがなだし、もしかしなくても境遇的に考えればシルフィも同じだろう。
選んで好きなものを食べるというのは、僕たちにしてみれば凄い贅沢な行為。だからこそちょっとした背徳感もあってうきうきしちゃうのかも。お店で注文するだけで背徳感を感じちゃう僕たちもどうかと思うけどね。
「じゃあ、メイはこの猪肉料理のセットがいいんじゃないかな?」
「うん! そうする~」
嬉しそうに元気いっぱいで頷くメイの頭を優しく撫でてあげると、う~ん、う~んと悩んでいるリミを後回しにして、先にシルフィに話しかける。
「シルフィはあんまりたくさんお肉は食べないんだよね?」
「はい、特に禁忌があるわけではないのですが……そういう生活が長かったので」
シルフィは里にいた頃は、肉は最小限で野菜やキノコなどがメインの食事をしていたらしい。僕たちと一緒に活動するようになってお肉を食べる量も少しずつ増えてきているけど、無理に食べさせるわけにはいかないから……
「じゃあ、この春野菜とキノコと鶏肉のセットがいいんじゃない?」
「はい、美味しそうですね。ありがとうございます、リューマ様」
あとはリミだけど……魚があれば一発で決まるのに。フロンティスは飲料水を魔法と地下水に頼っているらしいから、魚を持ってこられるくらいの距離にある水源がないのかも知れない。
「リミ、そのうちお魚は一緒に探してあげるから」
「にゃ! 本当? 一緒に探してくれるのりゅーちゃん」
「勿論、僕だってお魚は好きだからね」
「うん! じゃあ、リミはこのタンパ鳥のセットにする」
「じゃあ、僕も同じのにしようかな」
そんな僕たちの様子を温かい目で眺めていたレナリアさんは、注文が決まったのを見計らってドワーフ族のウエイトレスを呼んでくれて手際よく注文をしてくれた。正直いえばどうやって注文すればいいのかかわからなかったのでとても助かった。
どうやらこれから街で暮らしていくうえで、僕たちはいろんなことを覚えなきゃいけないらしい。
お読みいただきありがとうございました。