宿 → 犬耳
「こちらからどうぞ」
レナリアさんが僕たちをギルドの裏口のほうへと案内してくれる。それ自体は別にどうでもいいんだけど、どんだけ僕たちが絡まれると思っているのだろうか。毎回これだと冒険者ギルドに通うのが難しくなると思うんだけど。
ちょっと心配になってレナリアさんに聞いてみたらそれは多分大丈夫とのことだった。
「それなりに長くギルドの受付嬢をしているとなんとなくわかるんです。今日はこのタイプの子が絡まれそうだなぁ、とか」
「え? それって凄い能力じゃないですか」
「ふふ、そんなことないんですよ。ギルドにくる冒険者を見ているとその人がどんな人なのか、わかってくるんです。性格とか、その日の機嫌とか? 機嫌の悪いときに絡みやすそうに見える子が目の前にいたら?」
「ああ……確かに絡まれますね」
今日はもう上がりだというレナリアさんはアップにまとめていた髪を下ろし、幾分柔らかくなった雰囲気で笑って頷く。
「最近は初級ダンジョンの魔物が減少傾向みたいで、稼ぎが悪かった冒険者が今日も結構いたんです。それでほんの少しロビーがピリピリしていたので……」
『面白いな……おそらく【話術】スキルの副産物かもな、話を円滑にするには相手のひととなりをある程度わからないと難しいからな。人に対する観察眼が鋭いんだろうな』
なるほどねぇ、たしかにスキルの影響はあるのかも。だとすると、他のスキルにも単純にスキル名からだけではわからない効果があるのかもね。
「明日からはなるべく朝の早い時間帯にギルドにくるようにするのがいいと思います。冒険者は飲んだくれて朝が遅い人が多いですから。逆に朝からくるような人は、あるていど自制心がある冒険者ということになりますから絡まれる危険性がかなり低くなります」
「はい、わかりました」
もともと僕たちは田舎の出身だからね。朝がちょっと早いくらいは問題ない。
「お待たせしました。ギルドの裏口からはほとんど一本道だし,道は覚えられたと思いますが大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
レナリアさんが案内してくれたのはギルドの裏口を出てから二度ほど角を曲がったけど、距離としては歩いて五分くらい。大通りから一本外れた道にある大きな宿(なんと三階建てだった)で、魔法使いの杖と枕を意匠したアンバランスな看板をぶら下げた『大魔法使いの道楽』という不思議な名前の宿だった。
中に案内されると、カウンターには茶色い長毛種の犬耳が可愛らしい男の子が座っていて、僕たちを見て耳をピクリと動かすとにっこりと微笑んでくれた。鑑定してみるとリミよりも年下で十二歳。人族以外には暮らしにくい街だとレナリアさんが言っていたのに、この子にはそんな陰はない。本当にこの宿は僕たちにぴったりの宿らしい。
「いらっしゃいませ! ご宿泊ならお部屋は空いていますのでこちらへ。お食事ならそのまま食堂の方へお進みください」
「こんにちはボウロ。ラナスティ様はいらっしゃるかしら?」
「あ! レナリアさん、こんにちは! ラナスティ様はいつも通りお部屋で寝ていると思いますよ」
ボウロと呼ばれた犬耳の男の子は可愛らしく小首をかしげながら、さも当然のように話している。会話の流れからいくと、ラナスティさんというのがこの宿のオーナーらしいけど、オーナーはどうやらぐうたらするタイプの人らしい。
「……相変わらずですね、ラナスティ様も。ご挨拶をしておこうかと思ったんですが、お休みなら仕方ありません。ボウロ、こちらのお客様にこちらを紹介しようと思って案内してきたの。先に宿泊の説明をお願いしていいかしら? それで彼らがよければそのまま宿泊の手続きもお願いね」
「はい! いつもありがとうございます。それではご説明させていただきます。当宿では一部屋ごとでお値段を設定させていただいています。一人部屋から四人部屋までありまして、一人部屋が一泊銀貨五枚、二人部屋は銀貨九枚、三人部屋は銀貨十二枚、四人部屋が銀貨十五枚になっています。つまり、計算上は四人部屋をおひとりで使用されても料金は銀貨十五枚ですし、ひとり部屋を四人で使用されても銀貨五枚です。ただし、あまりにも部屋と人数が見合わない場合はお断りすることもありますのでご注意ください。それとうちにはお風呂もありますが、こちらは予約制で三十分で銀貨三枚になりますのでご利用のさいはカウンターまでお願いします」
えっと……僕たちは四人だけど、メイはシルフィと寝ることが多いから女性用にふたり部屋、僕と従魔用に一人部屋を頼めば銀貨十四枚。三人部屋で頼むより高くなるけど、外で寝るのと違うんだから女性陣と一緒ってわけにはいかないからね。それにお風呂があるのも嬉しいな、値段はちょっと高いけど体を拭くだけだとやっぱり物足りない。
まあ、その前にそもそも宿屋の宿泊料の相場がわからないんだけど、レナリアさんが紹介してくれたんだからそこは信じていいと思う。ゴートさんも優秀な人だって言ってたし。
「わかりました、できれば隣同士の部屋で一人部屋と二人部屋を一つずつお願いします。とりあえず十日分で金貨十四枚です」
僕が金貨を十四枚カウンターに置くと、ボウロがちょっと驚いた顔をする。あれ? なんかおかしかったかな? 計算は合っていると思うんだけど……
「なにかおかしかったですか?」
「い、いえ! 失礼いたしました。冒険者のかたは、その……いつ戻らなくなるかわからないので、まとめて払われるかたは少ないので」
そっか……ダンジョンにいけばいつ死んでもおかしくないもんね。先々のお金よりも、今使うお金として使うことが多いのかも。
「僕たちなら構いませんので、これでお願いできますか?」
「は、はい。勿論です。お部屋は三階の一号室と二号室です。鍵は……」
「あ! ボウロ、ちょっと待ってくれる? 彼らにまだもう少し話があるの。食堂で食事が終わってからまた声をかけるからそれでいいかしら」
「はい、わかりました。それでは食堂へどうぞ、母さんの料理は絶品ですよ」
笑顔にボウロに見送られ、宿の一階で営業しているらしい食堂に移動する。馬車での移動中もマジックバッグがあったから、それなりに悪くない食生活だったけど、やっぱり誰かが作ってくれる料理というのは楽しみだよね。