7.約束
森を抜けると、空は美しい柿色に染まっていた。
森の中ではハープといることに浮かれていたのか、全く気が付かなかった。
道なりに歩くと港町に到着する。
アレス島の小さな港町、ポートベリーだ。
週に一度か二度しか来ない船が、レンジにとっては運悪く、港に泊まっていた。
ハープは笑ってくれたが、レンジは自分の惚れた少女を守り切れなかった事を悔やんでいた。
物理的にも距離的にも仕方なかったとはいえ、自分が彼女ともっと一緒にいたい、などという変な欲を出さなければ、危険を冒すことなどなかった。
もし、あそこでシアードが助けに来なかったら?
気づいてやれなかった二の腕の傷が、痕になってしまったら?
悶々と頭を抱えたくなるような先程の出来事を思い出しては、こんなに自分に腹が立ったのは生まれて初めてだと、自分の傲りと弱さに情けなくなる。
「レンジ、本当にありがとう。」
こんな気持ちで、彼女を見送りたくない。
このまま、自分の初恋を終わらせたくない。
衝動にかられた彼は思わず、船に乗ろうとする彼女の腕を掴んだ。
そして、じっと目を見て告げる。
「ハープ、俺さ、もっと強くなるよ。
強くなって、今度はちゃんとハープを守るよ!
だからまた……会えないかな?」
急なレンジの言葉に、ハープの目はまるで黒い宝玉のように丸くなる。
そして彼の真剣な言葉と眼差しに、頬が赤らう。
しかし、夕日がそれを隠してくれるおかげで、彼に悟られることはなかった。
「うん、また冒険しよう!
それまでこれ、良かったら持ってて?」
ハープは、一つ石の付いたネックレスを外して渡す。
小ぶりだが、美しい琥珀のネックレスだ。
よく見てみると、見慣れない紋章が刻まれている。
「これは?」
「私の故郷に入るときに必要なものだよ。
本当は言ってはいけないんだけど、私、ラクベールから来たの。」
「ラクベール?」
「そう、だから、その……。
迎えに来て。」
儚げに語る彼女の言葉を遮るかのようにひとつ、長音の汽笛が鳴る。
出港の合図だった。
「もう行かなきゃ。
レンジ、またね!」
今度こそ船に乗り込んだ彼女は、船の上で手を振っている。
「……ハープ!
俺、迎えに行くよ!
絶対に迎えに行くから!!」
レンジは周りに目もくれず、海上の船に大声で叫んだ。
ハープの願いは、確かに彼の耳に届いていたのだ。
彼の声もまた、汽笛に負けず届いたのだろう。
船上から姿が一瞬見えなくなったかと思うと、彼女は何かを手に持ち、大きく振っていた。
まるで、彼の声に応えるようかのように。
しおらしいハープの似合わない行動にレンジは驚いたが、別れを惜しむ切ない表情は笑顔に変わった。
よく見てみると、その手には自分が彼女の為に採ったフレア草があった。
夕日にくっきりと映えるそれは、少年の心に印象深く刻まれたのだった。