5.危険
出来ることなら、ずっと歩いていたい。
左を見るたびに目に入ってくる、ハープの可憐な横顔に気持ちが高鳴る。
名前しか知らないはずなのに、彼は幼いころから知っている感覚に陥っていた。
何故なら、彼女の姿かたちそのものが、物語に出てくる女神にそっくりだからだ。
「ハープの名前は、『三百年の平和』から付けられたのか?
俺、あの話大好きなんだ。」
絵本の名前を口にすると、ハープの表情が固まる。
彼女は一瞬、口をきゅっと閉じたが、すぐに笑顔を見せた。
柔らかくて、どこか儚げな笑顔に。
「どうなのかな。
私、両親がいないから……。」
「そ、そっか、ごめんな。」
「ううん、気にしないで。
それよりフレア草、早く見つけよう。」
レンジも身寄りがなく、両親の記憶など皆無であった。
あるとすれば、シアードやセレスと遊んだ記憶や、オリバを含む四人で囲む食卓の記憶ばかりだ。
それ故、寂しいと思う事はなかった。
時折、自分の両親がどんな人だったのか知りたくなるのだが、それは聞いてはいけないのだと、暗黙のルールが彼らにはあった。
フレア草が見つかりやすい場所など、レンジが知らないはずがない。
森の奥の方ではあるが、そこに向かえばいつでも見つかるようなものだ。
もっとハープと話したい。
もっとハープのことを知りたい。
自分勝手な心情が、フレア草の発見を意図的に遅らせていた。
あえて見つかりやすい場所を避けて歩いていたのだ。
しかし、この島の森はそう広くない。
「あれだよ、フレア草。」
触れてはいけない部分に触れてしまったという罪悪感が、フレア草の発見を自然と早くした。
それは少し高い位置に生えていた。
ざっと見て、五メートルはあるだろう。
「ちょっと取ってくるよ。」
「大丈夫?
かなり高いところにあるけど。」
「大丈夫だって!
俺、木登り崖登り得意だし!
あんなの屁でもねぇよ。
よっと!」
レンジは傍に生えている太めの枝や、崖の窪みや出っ張りをうまく利用しながら難なく登っていく。
登ってみると思ったより高い。
「ふうっ、あったあった。」
自分の分とハープの分を手に持つと、下から心配そうに見つめている彼女にフレア草を振って見せた。
そしてすぐさま、表情がはっ、と豹変する。
「危ねぇ!!」
高所だからよく見えたのだ。
先程ハープに火傷を負わされたベアが、三匹も仲間を引き連れてきた。
じり、じり、と徐々に彼女との距離を詰めていく。
レンジの声で後ろに気づいた瞬間、ベアの手が振り下ろされた。
「や……嫌!!」
降りるも間に合わない───。
魔法を詠唱する時間さえ無いに等しい。
ハープは頭を押さえ、へたり込んでしまった。
ベアの手が振り下ろされてから、大勢の鳥が羽ばたく音が聞こえた。
その音に、ぎゅっ、と目を瞑った彼らだが、間髪入れずに身を引き裂くような断末魔を上げるベア達の声が森中に響き渡った。