3.黒髪の少女
イラプを出たレンジは、いつ誰が作ったのかも分からない吊橋を渡ると、島の中心に広がる森に辿り着く。
いくら小さいとはいえ、よそ者では十分に迷う広さだ。
最も、森に慣れ親しんでいる島の人間にとっては庭みたいなものだが。
森を抜けて北上すると、港町が見えてくる。
週に一度来るか来ないかの小さな船が、島を出る唯一の手段である。
「薬草がいるってことは……今日はデミスープか。」
デミスープとは、島の伝統料理である。
アレス島の気候は、年中真夏のように暑いという特殊な気候なため、ここでしかお目に掛かれない植物や動物がいる。
そのために時折、商人やハンターが私利私欲のために森を訪れるが、島の人間は一切の情報を与えない。
その代わりに、森でしか手に入らない木の実やハーブなどの恩恵を度々受けることで、彼らは共存共栄の精神で日々の生活を送っているのだ。
薬草を探すため、目を凝らしながら森を進む彼の目に、一人の少女の姿が飛び込んだ。
年齢は同じくらいだろうか。
向こうもこちらに気づく。
見慣れない衣装を身に纏い、不安そうに辺りを見渡しながら歩く姿は、明らかにこの島の人間ではないことが分かる。
そして彼女の美しい黒髪がなびくとき、少年の目は一瞬にして奪われた。
「あの、すみません。」
鈴が転がるような声と曇りのない澄みきった大きな瞳に、今度は心を鷲掴みにされた。
まるで時が止まったように固まるレンジに、彼女は再び声をかける。
そこでようやく、彼の時間は解放された。
「えっ、あっ、ごめん、何?」
レンジから突拍子のない、情けない声が漏れる。
「あの、私、探し物の旅をしてて……。
どんな病気にも効く薬草が、この島にあるって聞いてきたんです。」
ハンターか、はたまた商人か。
普段ならこの問いに「知らないし、聞いたこともない」と答えるのだが、彼女の様子がそうさせなかった。
確かにこの島には、フレア草と呼ばれる薬草がある。
燃えるような炎を連想させる葉の形から深紅の色まで、その名前にふさわしい。
この島の気候でしか育たないフレア草は万能薬として、少数の調合師や医者の間で知られているが、そのことを知らない人間にとっては主に観賞用でしか価値がない。
それなのに何故、この少女は効果を知っているのだろう。
疑問に思ったものの、彼女の表情は真剣そのものだった。
「いいぜ、案内するよ。
ちょうど俺も必要だったし。」
「本当!?
ありがとう!」
弾けるような笑顔に、レンジの表情も自然とほころんだ。
彼女の名はハープという。
あぁ、そういえば、物語に出てくる女神と同じ名だと、レンジは尚更嬉しくなるのだった。