2.レンジの憂鬱
ここは、アレス島。
ユニベル南東部に位置する、最果ての島である。
他の大陸の国々とは違い、統治する者などいなければ、それにも値しない。
あるとすれば、小さな森と、村と、港町。
その小さな村「イラプ」で、彼らは平穏な暮らしを送っていた。
「レンジ、またその絵本読んでるの?」
赤髪の少女が、少年から本を取り上げる。
「何だよセレス、返せよッ!」
物語に集中していた少年は、どうしてもぶっきらぼうに言ってしまう。
ひとつ年上の彼女にとって、それが可愛くて仕方がないため、毎度からかってしまうのだ。
「ちょっとあんたたち、下の階まで聞こえてるよ!」
張りのある中年女性の声が、二人の動きを止める。
「オリバおばさん……。」
「暇なら夕飯の支度を手伝ってちょうだい。」
「はあい。」
レンジとセレスは、姉弟ではない。
そしてもう一人、レンジ達が兄のように慕う青年がいる。
彼はこの平和といわれている時代に、暇さえあればいつも大剣の素振りをしている変わり者だった。
銀色の髪に、均等に鍛え上げられた体つき、何よりも、出会った女性が振り替えるほどの端正な容姿は、気品さえ漂わせる。
身寄りのない彼らは皆、オリバに拾われたのだ。
「よう、シアード。
またやってんの?」
「レンジ、あんまりオリバおばさんに迷惑かけるなよ。
また怒らせたんだろ?」
剣を止めた彼から、汗が滴り落ちる。
その艶かしい姿に、何人の女性が虜になるだろうか。
「ちぇっ、シアードまで説教かよ。
嫌になるぜ全く。」
不意に注意されて、さらにへそを曲げた彼は口を尖らせて、その足を森へと向かわせる。
「おい。」
「薬草頼まれてるんでね。
オリバおばさんに、夕飯の準備手伝えって言われてんだよ。」
「ついていってやるよ。」
「いいよ来なくてッ。」
レンジは一人で、島の中心部に位置する小さな森へと足を運ぶ。
そこには、少年の運命を変える出会いが待っていた。