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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第八話 ローズマリーが奏でる音
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戻ってきた日常

「……というわけで俺、もう一回やり直すことにしました! ピアノを買いたいので、お金貸してください!!」

「……椎名、入る時はノックをしろとこの間も言っただろう」

「本気なのはわかったから、その体勢はそろそろやめようか」


 虹太は急いで屋敷へ帰ると、この間のようにノックもせずに透花の執務室に飛び込んだ。

 そして、すごい勢いで土下座をする。

 先日と同じく仕事の話をしていた透花と柊平は、目を丸くせざるをえなかった。

 虹太が事情を話す内に、二人とも納得の表情に変わる。


「お金を貸すのは一向に構わないよ」

「ほんと!? 透花さん、ありがとー!!」


 透花からの快い返事に、虹太はようやく顔を上げた。

 その表情には、満面の笑みが広がっている。


「でもその前に、虹太くんに見てほしいものがあるんだ」

「なになに~?」

「ちょっと準備してくるから、十分後に一階の一番奥の部屋に来てもらえる?」

「あそこって、開かずの間じゃないのー?」

「普段は鍵を開けていないけれど、普通の部屋だよ。鍵もここにあるし」


 透花はそう言うと、机の引き出しから鍵と一冊のファイルを取り出す。

 それを持って立ち上がると、柊平に声をかけた。


「柊平さん、ごめんね。ちょっと待っていてもらえる? 三十分以内には戻ってくるから」

「かしこまりました。私のことはお気になさらないでください」

「ありがとう。じゃあ虹太くん、また十分後に!」


 そして、そのまま部屋を出ていってしまう。

 二人だけが残された空間で先に口を開いたのは、珍しく柊平の方だった。


「……もう、体調はいいのか」

「え? 俺のこと~?」

「……お前と私以外に、今この部屋に人はいないだろう」

「あはは、そうだよね。うん、別にいつも通り元気だよ~☆」

「そうか。ならいい」

「……俺、そんなに元気なかったかな?」

「毎日ひどい隈だったぞ。いつもと違い饒舌さの欠片もなかったしな」

「……いつもみんなに煩いって言われてるし、たまには静かな俺もよかったでしょ~?」


 そう言った虹太は、へらりと軽薄そうな笑みを浮かべる。

 それは一週間前の危機迫る表情とは違い、柊平のよく知る虹太だった。


「……そうだな」

「ほら、やっぱりー!」

「……と言いたいところだが、お前が元気じゃないとこちらとしても調子が狂う。無理にとは言わないが、できるだけ明るくいてほしい。お前はこの隊のムードメーカーなんだからな」

「今日の柊平さん、めっちゃ優しいんだけど……!」


 嬉しそうな虹太の表情を見ていると、自分の中に気恥ずかしい感情が込み上げてくるのを柊平は感じた。

 それを誤魔化すように、視線を逸らすとぶっきらぼうに言い放つ。


「……少し話しすぎたな。隊長が待っているかもしれない。そろそろ行った方がいい」

「うん! あっ、柊平さん」

「なんだ」

「この間は酷いこと言ってごめんなさい! あの日はちょっと余裕がなくて……」

「別に気にしていない。常に感情をコントロールできる人間なんていないからな」

「それって、いつも冷静な柊平さんでも取り乱すことがあるって意味だよね!? 何それ、超レアじゃーん! ちょっと見てみたいかも☆」

「……隊長を待たせるな。もう行け」

「はーい! じゃあ、まったね~♪」


 今にもスキップしそうな足取りで部屋を出ていく虹太を見て、柊平はため息を吐いた。

 それは決して、負の感情からきたものではない。

 彼は屋敷に”日常”が戻ってきたことに対し、安堵のため息を漏らしたのだった――――――――――。

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