飲み過ぎは禁物です
「うぅ、きもちわるっ……」
一方こちらでは、一人の男が辛そうに桜の木の下にうずくまっていた。
どうやら酒を飲み過ぎたようで、今にも嘔吐をしてしまいそうだ。
それに気付いた晴久が、慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか……!?」
「お、おう……」
そう返事はするものの、どう見ても平気ではない。
「えーっと、こういう時の薬は……!」
晴久は自分のポーチをひっくり返して薬を探すが、彼自身酒を飲まないのだ。
常備薬の中に、そのような薬があるはずもなかった。
「……君に、そんな薬は渡していないだろう」
酔っ払いと晴久の様子を見かねた理玖が、溜息をつきながら歩いてくる。
「この薬を飲むといい。即効性はないけどしばらく横になっていれば、だいぶ回復するよ」
理玖はそう言うと、薬と水が入ったペットボトルを男に渡す。
男は吐き気を抑えながら、なんとかその薬を飲み込んだ。
「に、にげぇっ……」
「……良薬口に苦しと言うだろう。薬をあげたんだから、文句を言わないでくれるかな」
「確かに苦いかもしれませんが、理玖さんの薬はとってもよく効くんですよ」
男はそのまま、晴久の上着を枕にしばらく横になることになった。
晴久は男の様子を見守り、理玖は少し離れた所に腰を下ろし読書をしている。
男は少しの間寝ていたが、起きると先程までの吐き気がなくなっていることに気付いた。
「……兄ちゃんたち、ありがとよ。大分楽になったぜ」
「それはよかったです。理玖さん、この方、体調がよくなられたそうですよ」
「……聞こえてるよ」
理玖は読んでいる本から目をそらさずに、静かに言う。
「上着も、ありがとな。せっかくの白い服だったのに、地面に置いて汚しちまって……」
「いいえ、お気になさらないでください。気分がよくなったなら、何よりですから」
そんな二人のやり取りを聞きながら、ずっと無表情だった理玖の頬が少しだけ緩んだことに気付く者は誰もいなかった。