再会
(……はあ。最近全然眠れない……)
あの日から虹太は、毎日連続でピアノを弾いていた頃の夢を見ていた。
それもなぜか、ピアノを辞めるきっかけになった事件ばかりが繰り返されるのだ。
虹太にとって、これほど辛いことはない。
眠れば必ず夢を見てしまうので、最近は寝ることを躊躇するほどだ。
(りっくんに、睡眠薬でも処方してもらおうかなー……)
大学での講義が終わり屋敷に帰るために歩いていると、公園の前を通りかかる。
ここは、奏太と待ち合わせをした場所だ。
欠伸を噛み殺しながら、何気なくその中を覗いてみる。
するとそこには、数人の少年たちと一緒にゲームをしている奏太の姿があった。
(奏太くん、友達できたんだ~。よかったよかった)
楽しそうに遊ぶ奏太を見ると、虹太は自然と笑顔になっていた。
そのまま、特に声をかけることはせずに公園を後にしようとした時のことだった。
「……椎名さん!!」
虹太に気付いた奏太が、こちらに駆け寄ってきたのだ。
「奏太くん、やっほ~」
「こんにちは。急に呼び止めてすみません」
「気にしないで~。どうせ暇だし☆ 奏太くんこそ、お友達と一緒なのに平気?」
「はい、大丈夫です」
奏太は、子どもらしい無邪気な笑顔で話し始めた。
「この間椎名さんが取ってくれた色違いのラッテレの人形を鞄につけて学校に行ったら、同じクラスの男の子たちが話しかけてくれたんです! 初めての友達ができました!! 今日はその子たちと、ゲームの対戦をしてるんです!」
「わー、よかったね! おめでとう!」
「はい! 遊ぶ時間もあった方が、練習にも集中できる気がします!」
「うんうん、たーくさん遊んだ方がいいよ!」
「それで、椎名さんにお願いしたいことがあるんですが……」
「なーに? 俺にできることなら協力するよ~♪」
「実は、友達に今度ピアノを聴いてもらう約束をしたんです。でも僕、発表会以外には家族の前でしか弾いたことがなくて……。だから椎名さん、みんなよりも前に僕のピアノを聴いてくれませんか?」
「……聴くだけでいいの?」
「はい! 知っている人に聴いてもらうのが、どれくらい緊張するのか知っておきたくて」
虹太は正直、迷っていた。
ただでさえ、最近はピアノに関する夢のせいで安眠ができていない。
これ以上ピアノに近付くのはやめた方がいいのだろう。
それならば、きっぱりと断ってしまえば済む話だ。
だが虹太には、なぜかそれもできなかった。
「……約束したもんね。奏太くんのピアノを聴くって。うん、いいよ。ぜひ俺に、最初のお客さんにならせて~!」
彼が最終的に下した決断は、是の方だった。
虹太の答えを聞き、奏太は嬉しそうに笑う。
「ありがとうございます、椎名さん!」
「いえいえ☆ 俺を頼ってもらえて、すっごく嬉しいよ~!」
週末に会う約束をすると、二人は別れる。
この日虹太が見た夢は、いつもの辛いものではなかった。
演奏面はまだまだ拙かったものの、ピアノを弾くのが楽しくて仕方なかった幼い頃。
数々のコンクールで優勝し、自分の演奏に自信がついた少年時代。
これらの夢を見たことで、虹太は久々にゆっくりと眠ることができたのだった――――――――――。