うどんを持った来訪者
その夜、透花は煮込みうどんが入った土鍋を持って虹太の部屋の前に立っていた。
すっかり拗ねてしまい夕飯を食べに来なかった彼のために作ってきたのだ。
虹太の好物であるキムチを入れた、辛いうどんになっている。
透花が扉越しに声をかけようとした瞬間、急にドアが開く。
今日はクレープ以降何も口にしていなかったため、虹太は単純に空腹だった。
感情を露わにしたのも久々だったので、いつもよりもエネルギーを消費したらしい。
普段なら我慢できる空腹感を、今日は抑えることができなかったのだ。
晴久に何も告げずに夕飯を食べなかったため、彼とは顔を合わせづらい。
キッチンが無人になった頃合を見計らって食べ物を取りに行こうと決めていたのだ。
誰にも会わずに食料を手に入れるつもりだった虹太は、透花が立っていることに驚いた。
「あ、虹太くん。お腹空いてないかなって思ってうどん持ってきたよ。よかったらどうぞ」
そう言った透花は、いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべた。
先程虹太が吐いた暴言など、まるで気にしていないように見える。
「……ありがとう」
「食べながらでいいから、少し話さない? 虹太くんに伝えておきたいことがあって」
「……いいよー」
しばらくの間部屋に一人でいたので、大分落ち着いた様子である。
いつもよりも低めのトーンで返事をすると、透花を部屋へと招き入れたのだった。