制御できない気持ち
虹太は屋敷に戻ると、その足で透花の執務室へと向かった。
いつものようにノックをすることはせずに、力任せにドアを開ける。
部屋の中には、透花と柊平の姿があった。
どうやら、仕事の話をしているようだ。
ドアの開いた音に反応して、二人の視線が虹太へ集まる。
「虹太くん、おかえり」
「……椎名、入る時はノックをしろ」
二人の言葉を無視すると、虹太は部屋の中を進んでいく。
そして、透花の机の前まで来ると苦しそうに言ったのだった。
「……透花さん、奏太くんがピアノをやってるって知ってたよね?」
透花は、虹太の話を静かに聞いていた。
「それで、あえて俺に行かせたんでしょ? 別に、誰でもできる任務だったのに……」
彼女は、答えない。
その表情からは、何を考えているのかは読み取れなかった。
「俺が、もうピアノは弾かないって知ってるよね!? それなのに、なんでこんなことするの……!? ピアノには関わらないで生きていきたいんだ! 邪魔しないでよ……!!」
「……椎名! 隊長相手に言いすぎだ。口を慎め」
いつもと違う虹太に驚き呆然としていた柊平だったが、透花に対する暴言を見過ごすことはできない。
我に返ると、虹太に注意を促した。
「うるさいなぁ! 俺は今、透花さんと話してるの! 柊平さんは引っ込んでてよ!!」
「なっ……!」
予想外の虹太の物言いに、柊平は再び言葉を失ってしまう。
「ねえ、なんで黙ってるの……!? なんか言ってよ……!!」
「……虹太くん、ごめん」
彼女から紡ぎ出されたのは、謝罪の言葉だった。
とても悲しそうに言う彼女を見て、虹太は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「なんで言い訳とかしないの……!? そんな顔で謝られたら俺……! もういい!!」
そして、来た時と同じように乱暴にドアを閉めると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「……まるで子どもの駄々ですね」
虹太が出て行った扉を見ながら、柊平がため息を吐く。
「……隊長、椎名の数々の非礼にお詫び申し上げます。後ほど私の方から彼に注意を……」
「ううん、いいよ。虹太くんが怒るのも当たり前のことを私がしたのが悪いのだから、フォローもきちんと自分でしておきます。だから柊平さん、虹太くんのこと叱らないであげてね」
「……かしこまりました。隊長がそう仰られるのでしたら、私はそれに従うまでですので」
「ありがとう。じゃあ、ちゃちゃっと仕事終わらせちゃわないとねー!」
「では、こちらの書類を本部まで届けに行ってまいります」
「はい、よろしくお願いします」
書類を持って部屋を後にしようとする柊平に、透花は声をかける。
「柊平さんはさっき虹太くんのことを子どもって言ったけど、私からしたら柊平さんだってまだまだ子どもだよ。だからあんまり気を張り過ぎずに、たまには周りに甘えてもいいんだからね」
「……善処はいたします」
「うん、期待してます」
今度こそ部屋から出てドアを閉めると、柊平は思うのだった。
(果たして、隊長は一体おいくつなのだろうか……)
柊平は二十五歳なのだ。
一般的に、既に子どもと言われるような年齢ではない。
しかし、紳士である彼は女性に年齢を聞くようなことはしないのだ。
こうして彼は透花に対しての謎を深めながら、軍本部に向かうのだった。