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透く花の色は  作者: 白鈴 すい
第八話 ローズマリーが奏でる音
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それは、過去の話

「……椎名虹太くんだよね? ピアニストの」


 それは、店主から発せられた言葉だった。

 レッスン室の鍵を取りに行き、戻ってきた彼はこう言ったのだ。

 虹太は、肩をびくつかせる。

 店主からの問いには、答えなかった。


「え!? 椎名さんってピアニストなんですか!?」

「そうだよ、中条くん。彼は幼い頃から数々の賞を総なめにしてね、天才ピアニストとして名を馳せていたんだ。いやー、まさか本人に会えるとは思ってなかったよ!」

「先生、詳しいんですね」

「実は僕、椎名くんの大ファンなんだ! 載ってる雑誌は全部持ってるよ」

「その雑誌って、ここに置いてますか?」

「うん。中条くんも読んだことがあるんじゃないかな」

「だから僕も、椎名さんの顔をどこかで見た気がしたんですね」

「最近は全然表舞台に出てこないから、寂しく思っていたんだよ。椎名くん、どうかな? せっかく来たんだし一曲僕らに聴かせてもらえないだろうか」

「……俺、もうピアノはやめたんです」


 そう言った虹太の声は、ひどく冷めたものだった。

 いや、声だけではない。

 光を失った瞳は、どこまでも続くような深い闇に覆われていた。


「やめたって、君ほどの人がどうして……」

「……理由は言えません。でも、俺はもうピアニストじゃない。だから、演奏はできません。せっかく誘ってもらったのに、ごめんなさい」

「い、いや……」


 丁寧にお辞儀をして申し出を断った虹太に、店主は困惑して何も言えなかった。

 ピアノをやめていたという事実を知らなかったのだから、無理もない。

 虹太は顔を上げると、奏太に話しかける。


「……そういうわけで、ピアノは聴かせてあげられないや。ごめんね、奏太くん」

「いえ……」

「……なんか体調悪くなっちゃったから、帰るね。君のピアノを聴くって約束したのに、ごめん。もし機会があったら、その時はぜひ聴かせてね。今日は楽しかったよ。じゃあ」

「あ、椎名さん……!」


 奏太の呼び止める声を振り切って、虹太は店を出て行く。

 その背中は、泣いているように見えたのだった――――――――――。

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