避けていた場所
「ここです」
「ここ……?」
奏太が案内したのは、とある楽器店だった。
虹太は苦笑いを浮かべると、奏太に問う。
「……奏太くんの習い事って、もしかしてピアノ?」
「はい、そうです。ここで毎週レッスンを受けているんですよ」
「そ、そっかぁ……」
奏太の答えに、虹太は一歩後ずさった。
冷や汗をかきながら、なんとか言葉を絞り出す。
「そ、奏太くん、ごめん。俺用事を思い出したからかえ……」
「やあ、中条くん。今日はレッスンの日じゃないのに、どうしたのかな?」
虹太の言葉を遮るように、店のドアが開く。
そして、そこから出てきた初老の男性が奏太に声をかけたのだった。
「先生! 椎名さん、この人が僕のピアノの先生です。楽器店を営みながら、いろんな人にピアノを教えてるんですよ」
「こ、こんにちは……」
「……こんにちは。中条くんが誰かと一緒に来るなんて珍しいね」
「僕のピアノを聴いてもらいたくてここに来たんです。今、レッスン室って空いてますか?」
「ああ、空いているとも。どうぞ、入ってください」
「椎名さん、行きましょう!」
「あ、うん……」
この場を去ろうとしていたのだが、完全にタイミングを逃してしまった。
虹太は、諦めたように楽器店へと踏み入れる。
俯いていた彼は、気付かなかったのだ。
奏太の師範である店主の視線が、何かを探るように自分に向けられていることに――――――――――。