心地よいメロディー
とある日の午後、透花はいつも通り仕事に勤しんでいた。
きりがよいところまで片付いたので少し休憩しようと思い、部屋を出る。
すると彼女の耳に、心地よいメロディーが流れてきた。
音のする中庭へと足を向ける。
そこには、春の陽射しを浴びながらギターを奏でる虹太の姿があった。
透花は中庭には踏み入らず、その場で曲に耳を傾ける。
そして虹太が一曲弾き終えたタイミングで、中庭へと入っていった。
「虹太くん、今日大学は?」
「あ、透花さん。今日は午後の講義が休講になったから、さっき帰ってきたんだ~」
「そうだったんだ」
「透花さん、仕事はー?」
「ちょっと休憩! こんなにいい天気なのにずっと部屋に籠っているのも勿体ないしね」
「うんうん、それがいいよ! 俺と一緒に休憩しよー♪」
虹太はそう言うと、ギターをケースに片付けてしまう。
透花は、あえてそのことには触れずに全く別の話題をふった。
「そういえば、虹太くんにお願いしたい任務があるんだよね」
「えー? どんな任務?」
「とある貴族の息子さんなんだけどね、真面目すぎて全く同年代の友達と遊んだりしないんだって。それを、ご両親はとても心配していて……」
「ふむふむ」
「それで、その子に遊びを教えてあげてほしいの」
「……え、それだけ?」
「うん。それだけ」
「……ほんとにそれだけー? なんか裏とかないの?」
「裏なんてないよ」
透花は、いつものよう柔らかく微笑む。
その表情からは、特に疚しいことがあるようには見受けられなかった。
「……わかった。簡単すぎてなんか怖いけど、その任務受けるよ~」
「ありがとう、虹太くん!」
虹太の答えに、透花は心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
その笑顔に釣られて、虹太もへらりと笑う。
「透花さんにそこまで喜んでもらえるなんて、俺も嬉しいな~♪ ところでその子って何歳なの? 年齢次第じゃ、俺が教えられる遊びも限られてくると思うんだけど」
「小学六年生の男の子だよ。年頃なのに、ほとんど友達と遊んだことがないんだって」
「マジで!? イマドキそんな子がいるの!?」
「ゲームセンターに遊びに行ったこともないとか……」
「じゃあまずは、ゲーセンに連れていってあげよっかな~」
「虹太くんの得意分野だもんね」
「うん☆ この俺にまっかせなさーい!!」
こうして虹太は、”真面目な少年に遊びを教える”という任務に就くことになったのだった。
これ以上の詳細を聞かずに少年のところへ赴いてしまったことを後悔するのは、近い未来の話である――――――――――。