バランスってものを考えてくれよ
「先生、ありがとうございました……」
「おー、もういいのか?」
「はい……。僕たち、そろそろ帰ります……」
「へいへい、気を付けて帰れよー」
心とぱかおは、学校を離れる前に職員室へと立ち寄った。
他の教師は誰もいない室内で、竹彪は黙々と仕事をこなしているようだ。
二人の方を振り向こうともせずに、彼はパソコンと向かい合っている。
「あの、先生……」
「ん、どうした? まだなんかあんのかー?」
再度心に話しかけられ、竹彪の視線がこちらへと向いた。
「……ぱかお、ほら。自分の口で言うんでしょ……?」
「お、おう……! セ、センセー!!」
心の背中に隠れたぱかおが、少しだけ顔を出す。
「なんだ?」
「きょ、今日はありがとな! でした!」
そして、よくわからない敬語で竹彪へとお礼を言ったのだ。
ぱかおにとって敬語とは、全くの未知数のものだ。
だが、心が竹彪に使うのを見て、自分もそうした方がいいと感じたのだろう。
その結果が、この不自然な敬語に繋がってしまったというわけである。
竹彪はふっと笑みを零すと、柔らかな口調でぱかおに話しかける。
「どーいたしまして。楽しかったか?」
「お、おう! すっごく楽しかったぞ! ます!」
「そりゃよかった。いい友達を持って、お前は幸せ者だな」
「……おう! オレはシンの相棒だからな! です!」
ぱかおは、いつも一色隊の皆に向けるような笑顔を浮かべた。
竹彪に対する恐怖は、すっかり抜けているように見える。
「あの、先生……」
「なんだよ、結城。お前もなんかあんのかー?」
「その、今日のお礼についてなんですが……。お菓子とか、好きですか……?」
「ガキがいらん世話焼かなくていいんだよ」
「でも、あんなに綺麗な離れまで見せてもらったのに……」
「別に、お前に感謝されたくてやったわけじゃないからなー。……そうだ」
竹彪は、何かを思い付いたようにニヤリと笑う。
「じゃあ、一つ俺の頼みを聞いてもらおうかな」
「……はい。僕に、できることなら……」
「今度の中間テスト、古文で平均点以上を取れ。いつも赤点ギリギリだろ」
「平均点、以上……」
「おう。たまにはいい点取って、先生のこと喜ばせてくれよ」
「わかり、ました……。頑張ります……」
心は竹彪と約束を交わすと、ぱかおと一緒に職員室を出て行った。
竹彪は、心のクラスの古文担当の教師でもあるのだ。
先程の言葉は、何かを言わなければ心が引き下がらないだろうと考え、適当に思い付いた内容を口に出してみただけに過ぎない。
だが心の中で、これは確かな“約束”となった。
次の試験後、古文で平均点以上を取った心に彼は驚かされることになる。
だが同時に、古文に集中し過ぎたために他の科目の点数が下がってしまい頭を抱えることになるのだった――――――――――。