雪解けはそう遠い日のことではないのだろう
しばらくして戻ってきた透花に、心は先程までの事情を説明する。
「そうだね。今から群れに戻るのは難しいだろうから、うちで暮らしてもらうのが一番安全だろうし。了解! 稀少な動物だから、国には私から連絡しておくね」
「……大丈夫?」
「うん、平気だよ。国の許可が降りなかったら、直接王様に掛け合ってくるから」
「……ありがとう」
「いえいえ、これも隊長の仕事だからね」
そう言うと透花は、ベッドの横にあったオーバーテーブルを近くに寄せ、そこにトレーを乗せる。
「心くん、ご飯だよ。鶏肉のポトフに、海藻サラダ、椎茸のチーズ焼きにハルくん特製のバターロール。それに、デザートは心くんが大好きなハチミツがたっぷり入ったヨーグルトムースだよ。怪我の治りを促進する栄養素がたくさん入っているメニューなんだって。病気じゃなくて怪我だからいつも通りの量を持ってきたのだけれど、食べれそう?」
「……うん。いただきます」
心がメインである鶏肉のポトフに手をつけようとした瞬間、それまで膝の上で大人しくしていたアルパカが何かに反応した。
(おいしい匂いだ!)
彼は、尻尾を振りながら心の食事の香りを嗅ぐ。
特に、ヨーグルトムースに興味を示している様子である。
(これ、お前がくれたおいしいヤツと似た匂いがする!)
「……ハチミツ?」
(ハチミツっていうのか! あんなにおいしいもの食べたの、オレ初めてだった!)
「……僕があげたやつ、食べたの? というか、アルパカってハチミツ食べれるんだ……」
(本当はニンゲンに貰ったものなんて食べたくなかったけど、すっごくお腹が空いてたから一口だけって思って食べたんだ! そしたらおいしくて、いつの間にか全部食べてた! オレたちの種類は他のアルパカとは違うから、なんでも食べるぞ! オレもこれ食べたい!)
「君も……?」
「どうしたの、心くん」
「……この子も、ムースが食べたいんだって」
「……アルパカなのに?」
「……僕が、森であげたハチミツを気に入ったみたい。本人は、他のアルパカとは違うからなんでも食べれるって言ってるけど……」
「うーん、本人がそう言うならそうなのかなぁ。アルジャンアルパカは、まだまだ実態が解明されていない動物でもあるしね。余りがあるか、ハルくんに聞いてくるよ」
「……ありがとう。ほら、君も透花さんにお礼言って」
(あ、ありがとう……!)
「……まだ、心くん以外は怖いみたいだね。どういたしまして。少し待ってて!」
このような会話をした数日後、王から正式な許可が降り、一色隊がアルジャンアルパガを飼うことが許されるのだった。
名前がないと困るということで心に”ぱかお”と名付けられたそのアルパカは、まだ人間に慣れないようで、心以外には警戒を解けないでいた。
しかし、一色隊は気のいい人間の集まりである。
人によって傷つけられた心と体は、同じく人によって癒されるものだ。
足の怪我が完治する頃には、心以外の前でも自然に振る舞えるようになるのかもしれない。
彼の心の雪解けまで、あと少し――――――――――。