偶然? へへっ、どうだろうな!
「リク、庭に咲いてるカスミソウをちょっぴりオレにくれ!」
「たくさん咲いてるし、別に構わないけど……」
「ありがとな! じゃあ、遠慮なく貰ってくるぜ!」
理玖が診療所で仕事をしていると、ぱかおがやって来た。
理玖の返事を聞くと、嬉しそうに部屋を飛び出していく。
しばらくすると、バタバタという足音と一緒に再び駆け込んできた。
その手には、摘んだばかりのかすみ草だけではなく、厚紙や手で貼れるラミネート、鋏やリボンなどの様々な道具が抱えられている。
「リク、オレ、シオリが作りたいんだ! 手伝ってくれ!!」
「……しおりって、本に挟むあの栞のこと?」
「そうだ! ソウイチロウに頼んで、必要な道具は揃えてもらったんだぞ!」
「……それなら、彼と一緒に作ればいいじゃないか」
「ソウイチロウは出かけちゃっていない! 家にいるのは、コウタとミナトだけだ! この二人じゃ手伝ってくれないって、オレでもわかる!」
「……確かに、そうかもね」
湊人は、手作りよりも既製品を圧倒的に好む人間なのだ。
このような工作に付き合う可能性はほぼゼロと言ってもいいだろう。
反対に虹太は、頼めば楽しそうに是の答えを出してくれるに違いない。
だが、その先に待っているのは悲劇だとぱかおは分かっているのだ。
鋏で指を切る程度で終わればいいが、恐らくそれだけでは済まない。
「リク、オレがニンゲンになってから冷たいぞ! もっと構ってくれ!」
「……わかった。じゃあ、場所を移動しよう。台所に行くよ」
「ありがとう、リク! 立派なシオリを作るぞー!」
二人は台所に移動すると、早速栞作りを始めた。
「……ここに、使いたい分だけ花を乗せていって」
「わかった! うーん、これくらいかな?」
理玖に言われた通り、ぱかおはキッチンペーパーに花を並べていく。
かすみ草の花は小さいため、慎重に、そして丁寧に作業を行う。
「できたぞ!」
「……じゃあ今から、これを押し花にするから」
「押し花はオレも知ってるぞ! 本とかに挟んで作るんだよな!」
「……それだと時間がかかるからね。僕は、こういうのは邪道だと思うけど……」
キッチンペーパーをダンボールで挟むと、理玖はそれを電子レンジに入れた。
一分ほど加熱したところで取り出すと、先程までの水分が抜けているようだ。
「おお! すごい! あっという間に花がカラカラになったぞ!」
「……はい。後はこれを厚紙に固定して、ラミネートを貼ったら完成だよ」
「わかった! うーん、どんな風に花を置こうかな~」
「春原せんせーい! すんませーん! ちょっといいべかー!?」
キッチンにいる二人の耳に、玄関から男の声が届く。
この大きな声の主は、庭師である大吾しかいない。
「リク、呼ばれてるぞ! あとは一人でできるから大丈夫だ!」
「……わかった。くれぐれも、鋏の扱いには気を付けて」
「おう! 任せろ! 怪我しないように頑張るからな!」
ぱかおに促され、理玖はその場を離れた。
数十分後、理玖がキッチンに戻るとそこにはぱかおの姿があった。
「リク、できたぞ!」
「……へえ、いいんじゃないの」
可愛らしい笑みを浮かべながら、出来上がったばかりの栞を見せる。
薄い黄色の厚紙にかすみ草と葉がいくつも散りばめられており、端っこには抹茶色のリボンが結ばれている。
「あれ、この葉って……」
「気付いたか!? これは、オレが食べちゃった葉っぱだ!」
栞に貼られている葉は、かすみ草のものではなかった。
それは、ぱかおが人間になってしまった元凶ともいえる植物だったのだ。
「このシオリは、オレからリクへのプレゼントだ!」
「君から、僕に……?」
「この間も言ったけど、オレはリクにカンシャしてるんだ! ニンゲンになれたことへのお礼として受け取ってもらえると嬉しい! リク、ありがとな!」
「……こちらこそ、素敵な贈り物をくれてありがとう」
理玖は優しい手付きで、ぱかおから栞を受け取る。
そして、他人からは分からないくらい微妙に目元を綻ばせた。
(……かすみ草の花言葉は、“感謝”。これは偶然なのかな、それとも……)
その後、理玖はこの栞を愛用することになる。
以前透花から贈られた物を仕事用、こちらをプライベート用にしたようだ。
彼が持つ本から抹茶色のリボンがはみ出しているのを見る度に、ぱかおは理玖の足元に擦り寄っていくのだった――――――――――。